育て直し(自分を)

どうやって生きていくのかぼんやり考えるブログ

これからを生きるを考える

23区内の夕方のスーパーにはびっくりするぐらい人がいる。

地方の夕方の人の量と比較にならない。

地方在住の学生時代、スーパーのレジでバイトしたことがあるが、

そのころのピーク時なんて比にならない。

本当に東京に生まれなくてよかったと思う。

 

しかし、そんな人混みの中で、ふと考えるのは、

いつまでこんなに人がいっぱいいる状態が続くのだろう?

ということだ。

東京のスーパーは田舎のスーパーに比べると、

圧倒的に客の数が多いし、商品棚は常にいっぱいものに溢れている。

こういっちゃなんだが、こんだけ人がいりゃあ、そら売れるよな〜と

地方出身者の私は思ってしまう。

 

日本の人口は数が減ってきている。

それについて色んな考えの人がいるが

私は適正人口に近づきつつあるのではないか?と思ってる口だ。

23区とはいえ、名前が全国区ではないエリアの、

それなりの広さのあるスーパーが人が多すぎて

ぼーっと歩くことができないほど混んでるのは

果たして通常のことだろうか?

祭りでもないのに人がそんなにいるのが普通とは私は思えない。

 

だが、当たり前だが、人が減ればお金の流通量も圧倒的に減るだろう。

今は異常なほど長い労働で頑張って金の流通量を維持しようとしている。

だが、そんな対処療法でいつまで維持できるのだろうか?

 

お金の量が減って、社会は全体的にコンパクトにまとまりつつある。

住宅街にくまが出る、とか、膨張した人間の集落が徐々に

縮小していく中で起こっている事件のように思う。

 

少子化の問題も、多めに出産して、死産や育成途中の死亡で

子孫が途絶えるリスクヘッジをしてきたが、医療技術などの

向上で、多産でのリスクヘッジをとる必要がなくなり

確実に育てられる数を産むようになってきただけかもしれない。

 

よく若い世代がいうフレーズに「親世代の常識は通用しない」というのがある。

私もそう思っている。

親世代は、膨張する社会の中での生きるすべを構築してきた。

たぶん、今は縮小する社会だ。その縮小がどこで止まるかはわからないが、

おそらく、お金の流通量が下がり、今まで金で解決できた方法が

通用せず、違うやり方が求められる場面が増えるのではないかと思う。

 

私はそのやり方は、生活の中で自給率を上げることが

鍵になるのではないかと思っている。

衣食住、家などなど、なるべく生活のすべてを業者を頼らないようにする。

(いや全部は無理だけど、できることからちょっとずつ)

それが多額のお金を保険会社に投入するよりも

もしかしたら保険になる日が来るかもしれない。

 

極端な話、万一東京で直下の地震なんか起こったら、

保険会社への積立を上回る損失が出てしまい、地震保険なんて

ほとんど意味がないかもしれない。

まあ、こいつは考え過ぎだと言われても仕方がないが、

多くの人がいうように、感じるように日本は今過渡期に来ている。

 

 

どんな価値観の転換が起こっても不思議じゃないと私は思う。

それに備えないで既存の価値観でものを考えていたら、

既存の価値観の中でも負け組なんだから、生きていけないよなーと思う。

現状負け組だからこそ、価値観の転換は、チャンスといえるかもしれないしね。

 

ちなみに、生活の自給率については、

ワタクシこの著者からとても影響受けております。

 

ナリワイをつくる:人生を盗まれない働き方

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