育て直し(自分を)

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セクハラっていうのは難しい

信田さよ子さんの新刊「カウンセラーは何を見ているか」を見て、自覚できたことがある。

 

カウンセラーは何を見ているか (シリーズケアをひらく)

カウンセラーは何を見ているか (シリーズケアをひらく)

 

 内容の本筋ではないが、幼少期の体験で、性的になにかされたわけではないが、地元の青年に対し、少女だった著者が性的な恐怖を感じたというエピソードが紹介されていた。それ自体は、正直言ってしまえば、自意識過剰と言っても過言ではない。

男性に対して女性が漠然と抱く不安や恐怖というものだ。男性はそれを読んで、迷惑千万と思われても仕方がないような代物もある。

私自身もそういった漠然とした恐怖を感じてたことがままある。だが、それは相手の行為に対して失礼だ、私はなんと自意識過剰で、上のない女だと、不安を払拭して、平然と男性と接するということを何度かしたことがある。その多くは、漠然とした根拠が何なのかわからない不安なのだが、その声を無視していると、本当に洒落にならないことがある。

私はレイプされた経験はないが、「君の父代わりになろう」と言った60代の男性と交流があったのだが、言葉の端々、態度から、なにかひどい違和感と、気持ち悪さ、不快感を覚えたが、好意に対して、不快感をもつなんて自分はなんて不誠実なんだと自分の不快感から必死で目を背けていた。結局、その後、その男性に、寝込みを襲われるのだが、本当にショックだった。(老齢のためか、具体的に何かをされるということはなく、逃れることはできたが、本当に恐怖と衝撃の体験で、たぶん忘れることはできない)

そんなことがあっても、私はその漠然とした不安を抱くことは、相手にとって不誠実極まりない。相手がそんな気にならないように、警戒は怠ってはいけないが、相手の感情には誠実であるべきだ、と自分に言い聞かせてきた。

しかし、信田さよ子のそのエピソードを読み、「ああ、こんなことでも、人は性的な不安を感じるものなのか」と率直に安心した。私が自意識過剰だからではないのだ、と。

たしかに、実際の事がなければ、その直感的な、漠然とした不安はただの自意識過剰かもしれないが、それは相手が何かしらのサインを発しており、それを、警戒している警報音として、漠然とした不安を感じているのだと、今は思えるようになった。自分の直感的感覚は無視してはいけない。

 

実は、現会社の社長にはずっとそんな漠然とした不安を抱え続けてきた。

彼は60代、結婚して子供どころか孫までいる。

しかし「俺がお前の父代わりになる」と言い出したり、結婚式で私の母を見て「タイプだ」と言ってみたり。

精神的に不安定なときに私の肩に手を置き、慰めたり、「お前はいい女だ」やら「お前をそばに置いておきたい俺の気持ちがわかるだろう?」と、慰めたりしてきた。彼にとっては、褒め言葉なのだと思う。

ただ、私には侮辱にしか聞こえなかった。「お前がいいオンナだからそばにおいている」…それは、私は愛人ということではないのか?好意的に受け止めようとしても、やはり憤りと、屈辱感に心が満たされてしまった。

だが、セクハラだと男性を断罪することはできない。彼は悪意を持っているわけではない、すべて善意だ。これがセクハラにあたるとは一切思っていない。それどころか親心なのだ。それはよくわかる。嫌だとか、そういう感情で、考えてはダメだと、自分を律していた。

 

(…文章に書いてみると明らかにセクハラ発言で、ちょっと軽く引くことばかりじゃないか。私が男性の性的な眼差しに鈍感なのは、女性としての自覚がないというのもあるが、マスコミというものすごい男社会の中でちょっと感覚が麻痺しているのもある。まぁ、基本的には、男扱いされるのだが、たまに女扱いするやつもいるので、感覚が微妙におかしくなるというかなんというか…。私が女を捨てられない、半端な制作という、証拠かもしれんが…)

 

しかし、やはり会う度に、不快感は消えない。警戒感も全く消えない。むしろ強まるばかりだ。

先日、そんな彼と久しぶりに現場であった。地方ロケで、チームは彼と、私含めた女性2人。「若い女の子2人と仕事ができるんだからな〜」的なことをつぶやく。

さらに、もう1人の女性に対しては、女性を感じないらしく、私に対しては女を感じるという。曰く「お前には弱さがある、その弱さに男は惹かれる」

…馬鹿にするにも程があるんじゃないだろうか?もちろん、悪気なんてないのはわかる、「弱いから守ってやりたい」と言いたいのだろう。ロジックはわかる、だけど、私はやっぱり今思い出しても腹が立つ。「お前は半人前」「俺とは違う」と言っているようなものだ。

 

しまいに社長は「若い男のスタッフSと、お前らとじゃあ、男は舞い上がっちゃうな」的なことを言い出した。2,30代の男性はわかるとは思うが、たぶん、舞い上がることはないだろう。仕事は仕事、男も女もあんまり関係ない。まあ、関係する人もいるだろう。そういう人がスタッフに手を出すのだから。(ちなみに社長は若いころ、女性スタッフと懇ろな関係になっていたらしい。まあ、珍しい話ではないが)

私が「うーん、Sは割り切るタイプですよ、私生活はどうか知りませんが、少なくとも仕事中は女性とか何とか言ってる余裕無いですよ」

と私がいうと、社長は「俺にとって女の子は永遠に女の子のままだけどな…」とつぶやいた。

それを聞いて、ああ、この人はほんとうに、女性というものを同じ人間だと思っていないんだなと思った。社長は、比較的女性に対して理解を示そうと努力をしている人だ。働きながら子育てできる環境を作りたいという意欲も強い。でも、同時に、男気が強く、性同一性障害の方に対する理解が全く深まらなかったり(取材しているのに)親分肌で、仕切りたがりだ。

意見を自由に求める側面もあるのだが、感情的になると「俺に従え!」という旨のことを平気で怒鳴る。

そんな二面性があり、不思議な人だなと思っていたのだが、柔軟な態度や、女男平等だという思想は、彼にとっての理想であり、彼の本質ではないのだと、その発言から理解することができた。

本質的には、支配欲が強く、(極端な言い方をすれば)女を同じ人間だと思っていない。さらに、そういう自分の気質に自覚的でない。

「女を人間だと思っていない」といえば、どんな非人間的な人だと思われるかもしれないが、「きっと自分のような男をすべて受け入れてくれる女性がいる」という幻想を持つことや、逆に「女の子は弱いから男が守ってあげないと」という潔いナイトのような思想は女性は、自分とは全く異質な存在であるというベースの考え方から来ている、それは極論すれば、女を人間と思っていないということになる。

たしかに、事実、女と男はだいぶ違う、それは当然だが、生殖器官以外は同じと考えても間違いないだろう。脳の使い方とか違うというものもあるが、それを言い出したら、同性同士でもある。

男と女の二元論で思考しては、LGBTの問題は理解はできない。そもそも性の概念は、体の器官だけでなく、文化など後天的要素の影響も少なくないだろう。そんなこと論ずるまでもないが。

 

話が横道にそれたが、私は社長に対して、大きな幻想を抱いていた。彼は男気あふれる男で、性的な機能はもうないらしいが、それでも、やはり彼は男であり、私の側に、彼への恋慕がない以上、恐怖の対象だ。彼は彼自身の私への恋慕の情に自覚的であるかはわからないが、彼とは適切な距離を取っていこう。

そして、なぜか「俺がお前の父親になってやる」といってくる(初老)男性が多いので、私は男らしい男を惹きつける何かを持っているのだろう(二村ヒトシ監督のいう所、それが私の心の穴ではないだろうか)。

気をつけよう。

あ、タイトルはですね。セクハラって難しいよね。女性の方も、自覚するのがたぶんだいぶ傷ついてからだし、男性の方は時として善意で言っていることだったりするわけだもの。自分が、2年がかりで「これはセクハラされていたのではないか?」と時間をかけて気がついて、そのセクハラという難しさを感じました。ええ。

 

…なんだかフェミっぽくなってしまったが、男を断罪したいわけじゃない。てか、そういう部分は逆もまたしかりではあるだろう。

 

 (余談だが、男友達と話してて、女はワキ毛が生えることを知らず、H中にその事実をしり、めちゃ萎えたという話をし、逆に私は、東洋人のイケメンは胸毛が生えないと思っていて生えてる男性を見て衝撃だったという話で盛り上がった。男と女はおならもする、毛も生える、同じ人間なのに、ねぇ…)