都市生活は完璧主義を産む?
あるクソ田舎に行ってきた。
出身地である静岡県が都会だと思えるほどの田舎だ。夜は該当はないし、人間の数よりも自然や虫の方が圧倒的に多く、人はほぼ年寄りだらけの過疎地、限界集落。
その、田舎の旧校舎に泊めてもらったのだが、様々生き物と出会った。もちろん、生き物と行っても、好まれるものではなく、害虫ばかり。
ゴキブリはもちろん、トイレはハエ、アリ、クモ、虫以外にもカエルにイモリもだ。
彼らを排除することは不可能だ。周りは畑、田んぼに山と、連中が身を潜められる場所だらけ。しかも、滞在地であった旧校舎という構造上、彼らが入り込む余地は圧倒的に多い。(廊下の床の間からは地面が見える、網戸がない、玄関は基本24Hオープン など)
「虫はその辺にいるもんだ」と割り切るしかない。
滞在させてもらったそこは、エコフレンドリーな場所なので、食器も洗濯物も洗剤使用不可だった。それでも、皆健康な顔をして過ごしているし、別に、猛烈な病気になったり、手がただれたりしない。
東京に帰ってきて、逆に虫の少なさに驚いた。この量だったら、そっこうで、除去できるし、周りに田んぼや畑、山がないから、家の汚れ方が全然違う。掃除をサボっても、結構清潔でいられる。そもそも合成洗剤を使えば、虫の除去なんてめじゃない。
改めて、都会(というか街)にいると、全能感というのか、人間さえなんとかできれば、自分の家から気に入らない性別を除去できると思い知った。
それは、自然への畏怖を忘れることや、他者を支配でき、完璧に他者を排除できるという錯覚を産まないだろうか?私は、元々は決して完璧主義者でもなかったし、潔癖でもなかった。だが、掃除の仕方を覚え、塩素系、アルカリ系洗剤を駆使してカビを除去し、各種防虫剤で虫を徹底的に排除している。気がつけば、何かを触るたびに石鹸で手を洗わないといられないほどになった(いや、いいことだと思うけども)。
だけど、別にそんなに神経質にならなくても、抵抗力さえしっかりしていれば、多少不潔でも大丈夫なのだ。
些細なことかもしれないけど「虫がいても、まあいいや」って思える環境だと「まあいいか」って思える癖がつく。徹底的に排除することは不可能だと思えない都会だと、一事が万事、100%を目指してしまいがちになるような気がした。
ちょっとだけ虫におおらかになって帰ってきたつもりだけど、玄関でカナブンが動いていた時はやっぱりびびってしまうし、やっぱりゴキブリは苦手です。