育て直し(自分を)

どうやって生きていくのかぼんやり考えるブログ

家の階層

私の家はつくづく、親の代ではちゃんとした家だったんだなと思った。
ブラックバイトで、実は和服を着る機会があり、バイトを速攻やめたので、和服の肌着だけが残ってしまった。
これもいい機会だから、着付けの勉強でもしてみようかなーと、和小物を預けていた叔母の家へ取りに行くと、案の定。えらい怒られた。和服には手を出すなと言われていたし、なんか言われるのは、想定内ではあった。

着付けとかなんていうのは、もう習う歳じゃない、そういうのは成人する前にするものだ。
ああ、庶民は習うなということか。叔母と私では育った家庭の格が違いすぎる。分かってはいたが少しだけ悲しくなった。

叔母は父の兄弟。父方はそこそこの家の出で、バブルには成金だった。まぁ、別に家柄がいいわけではないのだが、一方、母は貧乏な家の出で、父方の親族からは品がないとバカにされていた。
私もあの女は何もしつけていないからと、散々見下されて、バカにされてきた。
そんなコンプレックスもあり、いつか自分で学習したいとは思っていた。家柄の格差を感じていたからだ。どこか雪辱を晴らしたい思いもある気がする。
着付けやらの習い事は叔母にばれたくなかったのだが、あまりにもコストがかかるので、初期コストを抑えるため、叔母を頼ろうとしてしまったわけだ。覚悟が足りないといえばその通りだが、無駄には変わらない。

上流家庭には憧れない。厳密に言えばきれいな家とか気品とかには憧れるけれど、彼らはとても厳しく育てられ、自由がない。しかも思想が差別的で排他的だ。仕方がないことだと思う。
私には中流か、それ以下があっている。他人に対して差別的であるということはとても息苦しい環境だ。

私の生まれた家ももちろん中流家庭だったが、父方がちょっと小金を持っていたりしたせいで、何かと面倒だった。格が違う家から嫁ぐとDVや、モラハラが起こりやすい気もする。


叔母は困ったことがあったら相談しなさいと言ってくれるのだが、バブル前に結婚した人の経験談なんてクソの役に立たないんだよなーと思うと話す気になれない。

まぁ、ただ、着付けと着物はハイコストの割にはリターンが少ないのと思いつつ、和小物にちょこちょこと金を使ってしまい、やめる踏ん切りがつかなくなってたから、叔母にボロクソに批判されたのは良かったかもしれないな。

叔母のいうことは一理ある。庶民が習う必要なんてない。そもそも着付けが必要な着物は洋服文化になる以前から支配階層の服装なのだから。

ただ、もう少し、私は私のコンプレックスに私は少し付き合ってやってもいいのかなとも思う。

お前は間違っていると言われたって、私は自分に優しく生きよう。それは間違いではない。私は私のために生きればいいのだから。