読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

育て直し(自分を)

どうやって生きていくのかぼんやり考えるブログ

複業で生きていく

私がまだ子供の頃、たぶん、本当の地方ではまだ出稼ぎ労働というものがあったような気がする。

テレビからの情報だが、東北の方のお父さんが家族を置いて出稼ぎするとか、問題として取り扱われていたような気がする。ぼんやりした記憶だが、農家で、収入がないから冬場は働きに出る、というのは、貧困の象徴、諸悪の根源と思っており、皆一つのホワイトカラー労働、会社勤めをする必要がある、農業から卒業しなくてはならないという意識を私ももっていた気がする。

だが、今はそこにこそ貧困が存在する社会になった気がする。実際、たぶん、兼業農家というものは今も存在するが、兼業農家の年齢があがり、高齢者の問題となり、労働問題ではなくなったというのがあるのだろう。そして、今度は、会社勤めこそ貧困の根源になってしまっている。農家に憧れを持つ人は多い(実際農家で経済活動をしようと思ったらそら大変なのだが)。

 

最近、ひきこもりニート支援の育て上げネットの代表、工藤啓氏の本を読んでいる。

工藤氏は、支援者が、支援だけでは食っていけない実情に大きな問題意識を持っている。実際、私が知る支援者も、支援ではとても食べていけないので、家族の収入がないと廃業せざる得ないという人は多々いる。

支援、NPOなどの団体は、良心的であればあるほど、その運営は難しい。

だからとって、金ができる仕組みをつくろうと努力することも大切かもしれないが、私はやっぱりそれには賛同しかねる。マスメディアも同じ部分がある。金を稼ごうと思ったら、企業の広告関連のしごとが一番手っ取り早い。ジャーナリスティックなものを作ろうと思えば、費用対効果が合わないなんてのは仕方がないものだ。

だからスタジオバラエティが盛んなのだ。(ドキュメンタリーは金がかかるし手間がかかるし数字は取れないしで、金には全然ならない)

金にならない仕事1つで生きていこうというのはどだい無理な話なのかもしれない。だからこそうまく複業を取り込む生き方をする。

ただ、やり方を間違えると、貧困に陥るかもしれない。「プア充」という言葉が流行った時、貧困に対して大きな警鐘を鳴らしているのが、親世代、団塊世代以降だ。彼らは今の若者世代には想像できない貧困を知っているのだろう。

懐古主義ではない。過去の貧しい農家になるのではなく、戦後直後(戦前?)の生き方と、平成の生き方のハイブリッドが必要になっていると思う。

たぶん、貧困者は今後もいなくならないだろう。ただ、戦後直後、戦前の貧困者に比べれば、貧困者の層も間違いなく底上げされているのではないだろうか?

何言いたいか自分でよくわからなくなってきた。

過去に単純に戻ることは不可能だけど、過去に戻りたいんじゃないんだよな。でも、ひとつの職業に固執するのはやっぱり違和感があるんだ。