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育て直し(自分を)

どうやって生きていくのかぼんやり考えるブログ

phaさんは比較から自由になるためのヒントでしかない。

下記の記事にニートのブーム(?)の火付け役、phaさんの本のことが書かれていました


まるで搾取!?”無気力肯定ビジネス”が怖すぎると話題に - トゥギャッチ

 

 
この記事が言いたかったこと…わかる?「つべこべ言わずにがんばれ」的なマッチョ思考?「こんなに労働嫌いな俺も働いてるんだからお前も働け」みたいな同調圧力? 違うわ! この記事が示している真実…それは「人並みに幸せになりたいのに戦略がなく短絡的な行動に出る者は、戦略を行使する者に一生搾取され続ける」ということよ。
このサイトで風刺されている「新しいニートの生き方」は「ニートの歩き方」という本。
とりあえず流行には猫も杓子もなんでも乗っちゃう私も早速乗りどっぷりと影響を受けました。
 
で、無気力ビジネスの流行の亜流である農業を始めたわけです
 
ちゃんと読めば、著者のphaさんは働かなくていいとは全然書いてない。
phaさんの生活だってギリギリだし、将来のたれ死ぬフラグがめっちゃ立ってる。
彼が提案する働かない方法は「だったら働いた方が楽だな」レベルのものばかり。
 
ただ、その仕事で人生と健康をすり減らすくらいなら、もうちょっと冷静にどう生きたいのかを考え、現実的なライフスタイルを模索してもいいんじゃないの?と提案しているのが、この本だと思っています。
まぁ、だから、引用の通りなんだけど。
 
実は、私はこの本を読んで肩の荷が降りたように感じている。それは、もしかしたら、比較から解放されていいんだよ、ということ。ネットの落ちていた本にも書かれている一節がある。
 
 「フリーライターやってるけど月収五万円くらいで全然食えない」って言ったらダメっぽい感じがするけど、全く同じ状況を説明するのに「ニートだけどたまに文章書いてて月に五万稼いでる」って言ったら凄いような気がする。

(中略)

フリーランスだけどあまり仕事してないのでニートみたいなもんです」とか自己紹介する人は珍しくない。肩書きなんて結局そんな風な言い方の問題に過ぎなかったりする。 
私はすごく人の目を気にしてしまう。
誰かに認められるために仕事してるし、結婚もした。
いつも誰かを想定しながら、その規範から外れていないか、社会的に問題がないか、相対判断で生きてきた。
ディレクターとして、これはやっていい
ディレクターならばこう生きるのがいい
ディレクターとして成功とはどういうことなのか?
社会規範に自分の行動を照らしあわせて善悪の判断をしてきた。誰かから評価されれば及第点としていた。
20代前半まではそれでけっこううまく行っていた。そこそこの高校も大学も出たし、高校では部活で全国いってたりもしている。大学の成績もそこそこよかった。
内定も東京でマスコミと一部上場企業で2つ内定をもらった。
 
でも、年を追うごとに、自分が身をおく環境の評価は複雑になっていく。
結婚したら結婚している人、恋人がいる人からは評価される、独身友達は距離を置く。
仕事をしていたら、専業主婦とは距離が開く、
子供が出来れば職場では申し訳ない気持ちになる。
子供が出来なければ親族から「子供は?」とせっつかれる。
若いころのような明確な及第点、誰からもよしとされるものがどんどん少なくなり、誰かは評価してくれるけど、全く同じことをしても、誰かはすごく避難するという、板挟みになる。
そんな時、自分がどうしたいのか、という絶対評価をする癖がないと、つまずく。
 
phaさんは、人によっては自分を金が稼げるニートと見たり、売れないライターと見られたりする、それはしかたがないことで、気にしても仕方がないと教えてくれたような気がする。
前回のエントリー女同士の値踏みが辛い - 育て直し(自分を)では、もろに私は比較して、誰からも評価されたがってしまったが、それから開放されたいもんだなと思う。
まあ、だからこそ、私はphaさんに憧れるのだろうな。