育て直し(自分を)

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セクマイ差別?プチ体験

私は、バカな日本人なので、Facebookプロフィール画像をレインボーカラーにしている。

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基本的には、ちょっと英語が苦手で意味があってるかわからなかったから、特に理由も書かず、まあ、刺さる人にだけ分かってもらえればいいかなー程度でやっていた。

が、まあ、ちょっとしたことで、その対応が正解だったことに思い至っている。

 

40代後半(or50代前半)くらいの知人男性が、レインボーカラーにしている私のプロフィール画像を見て「最近レインボーにしている人多いけど何なの?」と聞いてきた。

その人に、

という旨をざっくりと伝えた。

こういうふうに丁寧に説明できることはいいことだなと思いつつ、なぜ自分が同性婚のお祝いをしているのか、ということを分かりやすく説明するためにも、私には多少トランスジェンダー(心は男、体は女、恋愛対象は男)の気があります。

と伝えると、どん引きされた。

え?お前まさか・・・

お前結婚しているよな?子供は作らないのか?どういう夫婦生活しているのだ?

いやいや、だから気があるだけで、普通の夫婦生活と変わりません。子供はできないだけです

セクシャルマイノリティをなんだと思っているんだ?性的に多数派とちょっと違うだけで、普通の人間なんだがなー…と思いつつ、私はその気があるだけで、そういう人とは違いますよ。

※そういう人と自分を同じに扱うと、その人たちの人間性を尊重していない、私と同じようにあいまいな性的嗜好だと世間に思われては、彼らにとってデメリットが多いのでないかという判断…もちろん、私のような、あいまいなボーダーライン上に立っている人も含めているため、性は虹色なのだが、セクシャルマイノリティという概念に初めて触れる人にとっては、「普通の人」「そうじゃない人」というボーダーラインは明確なため、おそらく、ちょっとしたやり取りでは理解できないだろう。(私自身も本などによって少しずつ理解していった)

これはめんどくさいことになったなーと思いつつ、知人に説明を続けた。

ちょっと男勝りな女子ってことだろ?

実はそうやって言われるのが本当に嫌いな私。それは「どうせお前は女でしかない」と断じられている気分になり、本当に自尊心を踏みにじられているようで、本当に(しつこいですが)きわめて不愉快な気分になる。

わき上がる感情を押さえつつ「そんな感じですかね、まあ、女として生まれてきたのは間違いだなと思っています」

なんだ、安心したっていうか、心配したよ

今度会ったらなんか意識しそうだなー

心配って何を?別に、私は何も変わりませんよ。つか、セクマイを病気か変態と勘違いしていないか?とイライラしつつ、思っているより何も変わってませんよ? 逆にがっかりさせちゃうかも。と返すと

普段通りの女子ちゃんまるだな!

と、いちいち、女子をつける。

だ、か、ら…とイライラしつつも、まあ、世代的にも、無理だろうなと思い諦める。

年代が上の世代は、人を個人としてみず、男性は男性、女性は女性、と性別でしか見れない。しかも、それは決して悪いことだけではないのだが、男尊女卑や性別分業の概念ががっちりしている。

女は子供を生むから仕事ではつかいものにならない、と思っているマッチョな男性なのは分かっていたので、たぶんちょっとしたメールのやりとりで理解させるのは無理なのはすぐに分かった。

 

しかし、これが世間か…と驚いた。

取材先では、社会的弱者、少数者を取材することが多いため、性的少数者も平気でカミングアウトしていることが多い。

何が問題なのか?と私も思うし、なぜ同性婚が社会の構造を壊しかねない諸悪の根源扱いされている概念もよく分からなかった。

 

好きな人と暮らすのが何が悪いのか?

むしろなぜ好きな異性一人としか家族を作っちゃ行けないのか?

なぜそれを正義と皆何の考えもなく鵜呑みにしているのか?

私には分からないが、多くの善良な市民は、LGBTを化け物かなんかだと思い、自分の性的嗜好の延長線上に位置する同じ人間なんだと、知らないのだ。そして知らないから、ひどい病気のように恐れ、忌避する。

 ただ、LGBTフレンドリーを表明するだけで、冷たい目で見られるというこの実態に気がつけました。

Facebookのこのプロフィール、それなりにけっこう意味があると思った今日この頃。