読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

育て直し(自分を)

どうやって生きていくのかぼんやり考えるブログ

子供の時そんなにお母さんといたかったかな?

子供の頃の記憶というのは薄れて当たり前なのだが、私はあんまり母親とずーっと一緒にいたかったという記憶ない。

もちろん、一緒にいたかったんだが、それと同じくらい、友達と遊びたかった。もちろん人それぞれだろうが、幼稚園のころからそうだったように覚えている。

そもそもただ明確に覚えているのは早く幼稚園に通いたがって親を困らせた。兄弟たちが幼稚園に通っていたり小学校に通っていたから、とにもかくにも早く、早くそういうところに行きたかったのだ。泣いて幼稚園にかよいたーいーと訴えた気がする。

ぼんやりとした記憶だから間違っているかもしれないが、幼稚園は3歳からしか入れないと思うが、あまりにもいうことを聞かないから、年少さん(3歳)になる前に、幼稚園で遊ばせてもらっていたような…。
まあ、さすがにそんなことはさせてもらえなかったかもしれないが、少なくとも、幼稚園に入る前に幼稚園の階段から転んで肩の骨を折ってたから、とにかく、遊びたくてしょうがなかったのだろう。
それは、兄弟が上にいたこと、家の目の前に幼稚園があって、運動会やらなんやらのイベントの音や子供たちの楽しそうな声が我が家にダダ漏れだったからだろう。
 
だが、どういう経緯でいったのかわからないが、所沢市長はこんなふうに言っていた。
 
「保育園に入りたい入りたいって子どもが思っているかというと、きっとそうじゃない。子どもはお母さんと一緒にいたい。特に小さいころはきっとそうだろう」
 

bylines.news.yahoo.co.jp

(ニュースソースとしてイマイチ不適切だと思うのだが、少し時期を逃したからか、私情がもっともりもりのまとめしかみつからなかったので、これでよしとしました。)
 
たしかに、幼稚園のお泊まり保育ではホームシックでギャン泣きしている子供はいた。
泣くほどのことなのか?楽しいのに。そう思う物なのかー、泣くことよりも私はおねしょしないかって事だけが心配で仕方ないのだがなー、としみじみホームシックなる子を観察していたのを覚えている。
(…小学校の記憶と混同している可能性は多いに高いのだが、お泊まり保育で泣いた記憶はない、はず)
 
まあ、家庭内は人それぞれ、子供の感性もそれぞれ。
上の3人の子供が全員同じ幼稚園に通っていたら、最後の子(私)は是が非でも幼稚園に行きたい。
だから私は声を大にして主張したい。

あんたがお母さんから離れたくないガキだったってだけだろ。

思い返してみれば…ママから離れてなくの男の子率が高かったような…?
そりゃあ、お母さん(というか、一番の保護者)と離れたくないのは、全幼児にいえるとは思うが、でも、どれだけお友達と遊びたいか、冒険がしたいか、絵本を読みたいか、お昼寝がしたいか、なんて、大人がそうであるように、個人差があるわけじゃないですか。
なんで十把一絡げに、まるで既製品のように考えちゃう訳かね。
 
私は幼稚園を引っ越ししたときこともあったのだが(単に離婚して母が実家に出戻ろうとした、その度に父親に引き戻されてたけど)
「このエリアの幼稚園はどんな遊具があるのかなー、この辺の道はどんな感じかなー?」とわくわくしまくってたからいいけど、人見知りだったりしたら、すごいストレスなんじゃないだろうか。
 
子供の心を大人は決めつけちゃ行けない。子供は未熟でも心は大人と同じなんだから。
 
あと、子供の前で夫の悪口とか、夫の浮気相手の悪口とか、家庭裁判所に訴えてやるとか言っても、幼稚園児だからわからない、とかないから。
もちろん、わからない。厳密に分かるのは、大人になって勉強してからだけど、わからないけど、自分の人生を左右する(離婚騒動のせいで、5、6歳のとき、4回くらい小学校と幼稚園を転校した)ことなのだから、一人で遊びをしながら、大人の会話には全力で聞き耳を立てるし、未熟ながらも、ちゃんと記憶するし、考える。
そのときは分からなくても、理解できる年齢までしっかりおぼえている。
 
子供をなめちゃいけない、子供を物扱いしちゃいけない。
それは、自分の生育してきた自分自身をなめているのと同じだと思うのだがなー。年取ると忘れるのかねー。