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育て直し(自分を)

どうやって生きていくのかぼんやり考えるブログ

家族と過ごす時間が苦行にしか思えない

正月は私にとって一つの試練である。
なぜならば家族と向き合わねばならないから。

父方の祖母に挨拶をしなくてはならない。どんな説教をされるかわからないから行きたくない。→電話で済ます

兄1とはもう2,3年口を聞いていない。てか無視される。ムカつくが新年の挨拶だけして無視しようと思ったがあったらなぜかカニ味噌をくれた→が、食べ忘れる

兄2はなぜか去年の年末から無視される。姪にお年玉をあげようと電話したら5秒で電話を切られ、掛け直しても出ない。→ムカつくので無視

姉、そもそも日本にいなかった。→メールしても返ってこない。メアドが変わったのか?

母、声がうるさい→ラジオだと思って聞き流した。

心のすれ違いがひどすぎる2016年の幕開けだった。親族に傷つけられた心の痛みを友人の家でワンパンマンを読破し、昼寝することで癒した。(松の内のことです)松ノ内から遊んでくれる優しい独身の友人がいることに幸せを感じます。ええ、お前旦那はどうしたって感じですね。いちおう旦那とは年越しを過ごしました。
年越し前日に急に仕事がなくなったので、どこにも行けず、どこにもいかず。旦那が仕事にでかけた日から実家に帰り、散々な目にあってきたわけです。

それにしても、なんなのでしょうか。家族と過ごす時間のこの苦行っぷりは。
もちろん、兄弟たちも外面はいいのです。
私もですが、兄弟の電話は露骨に無視し合うし、物をあげるときも、「これ、やる」の2ワードで、むしろ私に対してより、犬のほうが話しかけるワード数多いんじゃないのってくらいの、カタコト日本語コミュニケーションですが、他人には決してそんなことはしません。いやしてたら人として大いに問題。

なぜだろう。家族に対して嫌いじゃないけど、関わりたくないと思うこの気持ちは。たぶんお互いにみんな思ってる。
母に至ってはなぜか顔を見るだけでイライラする。声がまたかんにさわる。別に嫌いじゃないんだけど。ただ、親孝行はしてやりたいなとも思わせる不思議な魅力がある女なので、今度旅行に連れて行ってやろうと思う。
ただあの女と48時間近く過ごすことを考えると今から気が滅入る…。
私たち家族がお互いにぶつかり合うコミュニケーションしかとれないのは、たぶん、家族だから気を使わなくていい、とか、家族だから、許されるという甘さがあるからだと思う。家族だから思い通りになって当たり前、年長の家族が格下の家族を従わせる、逆に年若い家族は年長者に従って当たり前、という価値観が根強くあるからだろう。
家族だって無視されたらムカつくし、暴言を吐かれたり暴力を振るわれたら傷つくし、支配的な態度をされたら反発したくなる。
ただ、それが我が家ではあまりにも当たり前すぎて、仕方がないと思っている、家族だから許さないといけないと思っていたり、そのうちなんとかなるだろうとか。

逆に言えば、私たち家族は、他人に対して完璧すぎるのかもしれない。他人に対していい顔をしすぎて、無理をしすぎて、だからこそ家族の前では素でいたい、とか。
まぁ、素の性格がみんな悪すぎるのだが。

そう思うと色々合点が行くし、私の反省点も見えてくる。
ついでに分かるのが、母親が異質であるということ。兄弟は同じ親からミックスされた同じルーツを持つものだが母親はなんか異質なのだ。

家族に暴言は吐かないし、無視もしないし、八つ当たりもしない。暴力や上下関係で相手をねじ伏せようとはしないし、そういう態度に対する諦めも持たない。だからこそそういう家族観を持つ夫=我々兄弟の父親と離婚したのだろうが。
まぁ、母方には母方の家族観があり、あれはあれでクソめんどくさい癖があるのだが。

以上、典型的、封建的な家族観を持つ我が家の家族と向き合った2016年正月リポートでした。
長らく更新せず放置してしまったので、とりあえず書きなぐりだがアップしておく。
今年もどうぞよろしくです。