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育て直し(自分を)

どうやって生きていくのかぼんやり考えるブログ

自分の不快感に蓋をしないように

最近、自分が軽度の自傷癖があることや、軽度の依存症傾向があることが分かってきた。もちろん、病的なレベルではない。だが、それが私の心のバランスの崩しやすさに起因しているのかもしれないと思うのだ。

 

いくつか、悪い癖だなと思う所が最近見つかった。

人が少しでも語気が荒かったり、自分が少しでも後ろめたいと思っていることを言われると、強く非難されているような気がして私自身が感情的になって怒鳴っている(と、人から言われ初めて気がつく)。その時私は「なんで私を責めるんだ」ともう泣く直前まで追い詰められていたりするが、実は誰も責めていないということがある。

 

必要以上に周りの期待に答えようとしてしまうところがある。自分の気持ちに鈍いせいだと思うのだが、「相手はこうしたらきっと喜ぶだろう」ということを優先しすぎてしまうことがある。

「その後の不自由」という本の中で、依存症などの生きづらさを抱える女性の分析を行った本によると、パーソナリティ障害などという、傍目から見れば、自分買って極まりなく、人を振り回す障害を持つ人は、実は心の中心に、他人がおり、自分を押し殺しているのだという。たしかに、自分自身や、パーソナリティ障害としかいいようがない身勝手な親族の対応を見ていると合点がいく。

「私がお前のため、家族のためを思ってこんなにも我慢しているのに…!」となじられたり、私自身が「この人のために、私が我慢しなきゃ、私が悪者にならなきゃ、私が犠牲にならなければ」と、必死にやりたくもないことをやろうとしている時に「お前は自分勝手だ」と非難される。そして私はほんの少しも自分のことなんて考えていないのに、自分を殺しているのに、なぜ誰も理解してくれないんだと、絶望の縁に叩き落される。

 

色々と何が理由でそういうことを言われたのかは思い出せないが、あの失望感と、裏切られたという気持ちだけは忘れることができない。世界で誰も私のことなんて分かってくれないという、孤立感も。

だからこそ、私は今、自分の心と向き合えるように、努力をしている。

気がつくと、私が我慢すれば丸く収まる、皆に迷惑をかけちゃいけないと、刷り込まれているのだが、それが、私自身を惨めにして、余計他人に迷惑をかけているのだと、自分の嫌な気持ちに素直にならないといけないと思う。

 

最近、少しメンタルの調子を壊している。

それが、知人からのセクハラにひどく傷ついているのだと気がついたのだが、それに気がついたのは、その知人が私と夫との関係をあざ笑うかのような発言をしたことに起因する。

知人からのセクハラは、6月ごろされて以来、その知人とは距離をおいていた。

 

 

mangobus.hatenablog.com

 

ランニングをする知人♂(A)に走り方を教えてもらううち、週に1回一緒に走るようになり、Aの友人♂(B)も一緒に走るようになり、Bの所属するランニングサークルに私が顔を出すようになったところでBに「あなたの態度はフラットすぎて、オレやAとできていると思われても仕方がない、あなたの干渉しあわない夫婦関係や、結婚しているように見せないあなたの態度を改めたほうがいい」と言われたのだ。 実際Aとは「Aさん、ちゃんまるのこと好きなんじゃ?」とか「Aさんとできているんでしょ」と言われることはあったが、Aは未婚だし、私もなんとなく「Aとはできているわけないし、できていると思われてもネタになって面白いからいいや」くらいに思っていたのだが、Bは既婚者で、そもそも私自身が気をつけて距離を取っていたので寝耳に水だったのだ。

アバズレの正体 - 育て直し(自分を)

 知人からのこの発言が俗に言うセクハラ、と気がついたのはここ数日のことだ。知人にはセクハラの意図はないだろう。だが、先日、Bと繋がるSNSで夫との旅行写真をアップし、気恥ずかしいので、「隠し撮り」と表現したら、私たち夫婦を隠し撮りし合う変態カップルで、あなたのその癖、直したほうがいいですよ、僕を勝手に隠し撮りするのはやめてください、とコメントを寄せてきた。

私の中では知人というカテゴリーの彼を隠し撮りしたことは当然ながらなく、完全な勘違いだったのだが、自分の勘違い、自意識過剰でありながらも人を非常識な変態扱いしてきたのである。しかも、私だけでなく旦那も含め。

 

家族を侮辱するのは、最大級の侮辱と私は思っている。そんな仇を許すわけにはいかないが、なんか自意識過剰のおかしい人なので、ただただ縁を切ることにした。

SNSにはそのAのコメントを夫も見た。私は夫がその侮辱に対し、怒り、めんどくさい自体になるかと内心ドキドキしていたのだが、
彼は一言ため息混じりに
SNSなんてめんどくさいことしない方がいい」とだるそうに告げ、もうそのことは話題に登ることもなかった。
私はそこでやっと気がついたのだが、Bの態度に激怒していたのは、私だったのだ。
そして侮辱をされていたのは、私自身だったのだ。そして、これはセクハラではないか、と。私がどんな交友関係を持とうと、どんな夫婦生活を営もうと、他人には断じて関係ない。
私の中にどこか「私の思わせぶりな態度が他人に迷惑をかけた」という罪悪感が有り、申し訳なく思っていた。だが、考えてみれば、Aとは別に恋人と思われてもいいやと思えるくらいなかよしで、勘ぐられても面白いかなと自覚をしていたわけで、Bとはむしろ距離を他の人と同じような距離感で知っていたわけだ。
そこになぜかBが勝手に「自分に親しげに声をかけてくる女オレに気がある」と自意識過剰を発動させていたわけで。むしろ彼の認知の歪みに寄って迷惑を被ったのは私ではないか。

なぜ私は自分を責めてしまったのか?それは私が常に「自分に問題がある」と思っている節があるからだろう。そして「私が我慢すればいい」とも思っているからだ。自分が不快だという気持ちに蓋をしてしまいがちだ。だが、不快な気持ちは素直に表す方がいい。そのほうが他人にも迷惑をかけないし、私も自覚できずに、ただただ体が重い、なんてことにならなくてすむ。

 

自分の気持ちを大切に、自分自身を大切に。それが出来ない人間は他人さえも大切に出来ない、当たり前だが、もう一度ちゃんと自分を大切にできるトレーニングしていこう。