育て直し(自分を)

どうやって生きていくのかぼんやり考えるブログ

限界を感じた2017年元旦

30日、張りつめていた糸が切れた。

夫の些細な一言が引き金になり、号泣。このままじゃ心が持たない。そう自覚した。家族があまりにいい人だから、私がずぼらだから、私がダメだからいけないのだと自分を責めていたが、考えてみれば、私はきついのだ。

家にいない間夫と共用の部屋に夫の母に入られ、洗濯物を勝手に畳まれ、時に干され、何かと面倒を見られる。両親の生活環境には入らないようにしているのに、私にはプライバシーがない。分かっている。時間がなく、家におらず、ずぼらな私に見かねた母が気を使ってやってくれているのだ。文句なんて言ってはいけない、受け入れなければならない。段取りが悪い私が悪いのだ。だが、私のプライバシーは?その無限ループ。

ありがたいことなのだが、まるで、自分の生活を監視されているような感覚がある。部屋から出るのも、トイレに行くのも、風呂に入るのも、誰かに見られている感覚がする。

朝起きれば朝ごはんの準備をしてもらえる。だから、朝挨拶するのが怖くなった。下手に起きれば朝ごはんの準備が始まる。私は食べたいだろうか?と自問自答する。そもそもなぜ他人が朝ごはんの支度をしてくれるのだろうか?どうやって争えばいいのだろうか?朝ごはんの支度を今されてもいいのだろうか?だがこのまま起きなければ、非常識な人間だと呆れられる。だが、目が覚めた時点で、いや寝る時間が遅い時点で、非常識な人間だ。私が起きてご飯を作らなければならないはずだ、だが私は怠っている。本来ならば…。だけど、なぜ私がやらなきゃならないのだろうか?という疑問も消えない。女だから?妻だから?嫁だから?

寝たふりすることでやり過ごすことしかできない。

気がつくと、両親が寝静まった後にしかリビングで息ができない。部屋にいたっていた上がって来られるか分からない。

グダグダしていると言われる。部屋をだらしなく汚していたら、だらしがない嫁だと見下され勝手に部屋を片付けられるかもしれない。

身動きが取れなくなり始めている。だけど一つも非がない、母に私は自分を責めることしかできない。夜遅くに寝ても朝早く起きられる完璧な母に私はあまりにも、ダメすぎる。自分のことで精一杯だ。家族を責めることはできない。あまりにもわたしは家族に甘えている。

感謝しなくてはならない。

 

そう思っていたが、布団にくるまって、嗚咽する自分自身の声を聞きながら、私誰のせいにもできないけど、きっと自分で自分を追い詰めて、結構限界なんじゃないかなと気がついた。

 

というか、この数日、家にいなきゃいけなかったり、休みだったりで、チョット距離が近すぎる。

 

誰も気がついてくれないしね。どう見たって私が悪いからさ。家事もしない、お荷物でしかない。

このままじゃ心が壊れてしまう。