育て直し(自分を)

どうやって生きていくのかぼんやり考えるブログ

20代、私はたぶん病んでいた

人は人生の中で何回失敗するのだろうか?私はけっこう失敗している。

マジで失敗の頻度が人より多い気がするし、正直、死にたいし、なんでこう、いつもこうダメなんだろうか、と落ち込む。

それでも、20代のころよりは、私は強くなったような気がする。

また今年もそこそこでかい失敗をした。だが、ちょっと不可抗力みたいなところがある失敗だったので、そこまで大きなダメージを追わずにすんだ。だが、ふと、20代の頃の失敗を思い出した。

27歳くらいだったと思うのだが、色々と失敗をやらかして、手が回らなくなっていた矢先、取材相手にキレられたことがある。

キレながらも、相手は対応してくれたが、本当に手が回っていなかったので、私はその取材相手とは電話でしかやり取りしかできず(地方だったから)電話で平謝りをした。

後日、その地方に別件の出張で行く機会があった。私はどうしてもお礼と謝罪がしたくて、その取材相手に会いに行った。

だが、なぜか、謝罪をするはずが、取材相手を前に、大号泣したのだ。

わざわざ時差で挨拶にいった私に対し、取材相手がたぶん「大変でしたね」という、些細な一言を言ってくれたことに、張り詰めていた私の中の何かが決壊した。

必死で涙を止めようとしても、どうしても、どうしても溢れてきて、平静を保とうとしても、涙も嗚咽も止まらず、何も言葉を発することもできなかった。

私の心は、焦りながらも、自分の身体を呆然と見つめていることしかできなかった。そりゃそうだ。初対面の相手の前で、号泣って。私の心は焦りまくっていたが、身体はもう、自動運転モードというか暴走モードというか、完全に、私の自我ではコントロール不可。高ぶる自分自身が静まるのを待つことしかできなかった。

そして、なによりも、もう待とう、と思えたのは、取材相手自身が、ただ静かに、私が泣き止むのを待っていてくれたからだ。

正直いって、めちゃくちゃ恥ずかしかった。もう、その方には二度と会えないと思った。今考えれば、それでもう二度と会わないのは失礼なのだと思うのだが、だからといって、もう10年近く経つのに今更会いにもいけないし、会う理由もない。あれは謝罪の形としていかがなものだったのだろうかとも思う。

 

なぜあの場で大号泣したのか、あそこでなぜ張り詰めていた線が切れてしまったのか、たぶん、本当に色々と限界だったのだと思う。その人は、何も咎めず、何も触れず、私が落ち着くのを待ち、励ますことさえなかった。たぶん、だからこそ、糸が切れてしまった。この人はわかっている人だという安心感が、感情の決壊を招いたと思う。取材相手なのに、すがってしまったようで、自分の狡猾さが恥ずかしかった。

本当に静かに、私が落ち着くのを待ち、静かに送り出してくれたことを、私は心から感謝している・・・からこそ、ちゃんと会いに行くべきな気もするが、まあ、ね。その辺は会う理由もないし。

 

あの頃に比べれば、私はきっと強くなったと思う。自分が弱いことを知ったし、傷つきながらも仕事ができないファック野郎でも、生きていていいとたぶん、どこかで思うことが出来ている。

・・・ああ、書いても書いても何がいいたいのか分からないわ。

だから何なんだ?

でもま、私はあの時の取材相手のように、誰かが壊れそうな時、壊れないように、横たわってこられても、支えてあげられるような木になりたいなと思う。押し返したり、一緒に倒れたりしない、強くて優しい静かな木に。

そう思えるだけ心が回復してきているの、かな?まだあと50年くらいきっと生きなきゃいけないから、もうちょっと頑張ろう。