大人のADHD 生活改善日誌

よくわからない生きづらさを持つ人がよりよい人生を模索するブログです。2018年よりADHDの体質の対処療法としてコンサータ始めました。試行錯誤の末27ミリ服用中。

ネットの記事のゆるさ

テレビを批判するネットの記事やブログは多い。
ただ、ネットの記事を見ていると、若者離れが進んでいると言われるテレビの方がよっぽどちゃんと裏付け取材をしていると思う。
特にバラエティは、笑いのためにめちゃめちゃ綿密な取材をしていて(取材が緩いところはあえて笑いに変えたり)、報道よりもお笑いの番組の方が批判精神に富み、ジャーナリズムの精神を感じることすらある(水曜のダウンタウン、月曜から夜更かしなどなど)。
眉唾な情報もあり、アホかと思う情報ももちろんあるのだが、テレビはそれなりに叩かれる媒体なので、様々なことに、気を使い、本当にがんばって作っているので、ネット記事のこれ本当に取材して書いてんの?というレベルの低い記事を見るとぐったりする。
まとめサイトや、フェイスブックなどでいいね!されているものにアクセスすると、これ見てなんでいいね!押すのかな?というレベルのものが本当に多い。

これ見てて、これ、実際の年収1000万越えの人に取材してかけや、とか、これ年収1000万超えてない女性でも男性でも当てはまるし、占いかよってレベルのクオリティ、具体例が出たら安倍晋三。男やし。
特に女性向け、若手ビジネスパーソン向けの情報のゆるさには辟易するものがある。
健康系の記事も、論文の原文読んでない、読んでいても、論理を理解していない、バックグラウンドとなる、ベースの知識がなさすぎて、情報を噛み砕けていない、裏取りが明らかに怪しい、などなどなど。

こんなんで金になるんだから、ネットのライターの原稿料が足元見られるのも仕方がない。
よくアメーバのニュースで読者が誤字脱字、日本語の誤りを指摘していたが、文法とかよりもまず情報の精度の方が何よりも大事。

もう少し、ライターたちのクオリティがなんとかならないものか。
同じ公共の電波を使っているものなのにネットは広大だからなぁー。
ブログはダイヤリー、個人の見解の部分が強いからまだ許される(読み手がその辺は多少は織り込み済みで読むことができるが)原稿料もらって書いているものはもう少しちゃんと書いていただきたい。
まぁ、それ言ったら雑誌の記事のゆるさも同じなんだけど。