私にとってブログは無口なバーのマスター
友人知人親族にブログをやっている旨を伝えず、
ただただ不特定多数に向けて記事を書くということをもう10年以上続けている。
それはなぜなのだろう?と思う。
最近「ブログに書くほどじゃないんだけど…ああ、でも、誰かに話したいけど、うまく伝えられそうもないな…」と思うことが多いことに気がついた。
そう、私は、あまり自分の思っていることを人に言えない質なんじゃないかと。
私は会話は、お互いに楽しい時間を過ごすためにするもので、自分がしゃべりたい話をする場だとは思っていない。
特に、相手が気持ちよくなってくれたら尚いい(私は相手からどう見られているか、というプレッシャーから開放されるから)。
だから、私はだいたい聞き役か相手が聞きたい話を話すことしかしない。もっと言えば、相手が何を話しているのかつかめないと苛々するので、その人が気持ちよく話せるように努力しちゃったりする。
時々空気の読めない、というか相手なんて誰でもいいからオレの話を聞け、という人にあうと、「ああ、この人私じゃなくてもいいんだ、じゃあ、私も勝手にしゃべろう」と思えて意外とホンネが話せたりする(ただし相手は聞いていない)。
考えてみれば、美容院にいっても、タクシーにのっても、だいたい美容師や運転手に話をさせてしまう。自分の話はめんどくさいのでしない。
正直に言おう、私は話力がないので、あんまりうまく自分の意図を伝えることができないのだ。あと、相手を面白がらせることも決して得意ではない。
もちろん、場を盛り上げて、笑いを取ることはできるのだが、自分がしゃべりたいことで、相手を盛り上げたり熱中させることができない。それだったら自分が相手の世界にはいって盛り上げるほうが圧倒的に楽だ。
結果的に相手は気持よく話が出来るようで、それはそれで私もけっこう満足する。だけど、時々インプット続きで、ああ、誰かに熱く語りたいな…と思う時がある。でも、誰かに熱く語って、うまく伝えられたこともないし、その時いつもテンパッて話題を変えてしまうので、結局、会話の中で誰かに自分の思いなんてうまく伝えることがいつもできないのだ。
そんな自分の思いを、受け止めてくれるのがブログなのだ。
誰かにいいたいんだけど、うまくいえない、むしろ、相手のリアクションなんてそんなにほしくない、そんな時に、全く知らない人に向けて独り言をつぶやくのは、私の中野「自分の意見がしゃべりたい」衝動を満たしてくれるわけだ。
ただ、ふと、これを見ている人にも人生があって、何かを感じたりするんだよな…と気が付くと、やっぱりなかなかくだらないことばっかり衝動的に書くことができず、結局下書きが100件とかになっちゃったりする。
まあ…このエントリーもひどいものなんだけど…。人から話しを聞くのは嫌いじゃないし、むしろ好きだから全然いいんだけど、ろくすっぽ聞いていないんだけど、なんとなく耳を傾けてくれる、無口なバーのマスターみたいな存在がほしい。
私は酒が飲めないし、そんなものは手に入れられない。だからこそのブログ、なのかもしれないなー。