大人のADHD 生活改善日誌

よくわからない生きづらさを持つ人がよりよい人生を模索するブログです。2018年よりADHDの体質の対処療法としてコンサータ始めました。試行錯誤の末27ミリ服用中。

イライラする

最近仕事の中で私は女なので…的なことを言わなきゃいけないことが多くてイライラする。

私が自分を女だといったら私は完全にどこからどう見ても女である。

女として見られる。自ら女を主張しなくてはならない。なんで私がこんな屈辱を受けなくてはならないのだろうか。周りから見れば全く矛盾がなく、たぶん言葉にしたところで誰もわかってもくれないし、わかったふりがされるのも虫唾が走る。理不尽な現状にただただ苛立ちが募る。

 

私はたぶん、トランスジェンダーだ。だが、手術をするつもりもなければ、トランスジェンダーアイデンティティがあるわけでもなく、名乗ろうという意識もない。

それはたぶん、同族嫌悪そのものなのだとは思う。

手術をしないトランスジェンダーは女のくせに女じゃないとか、意味が分からないし見苦しい。

そして手術をしたトランスジェンダーは羨ましさとともに、ああいう人がいるからトランスジェンダーは手術をしないと認められないと僻む。

 

潜在的なゲイほど強いホモフォビアだったりするのと同じではないか。

男装が出来る勇気もない、名前を変えたいという勇気もない。性自認と性が一致しないという事実さえ言葉に容易に出せない。そもそもそれが事実なのかも分からない。ただのミソジニーの可能性だって十分ある。

 

誰かを攻撃したいわけじゃない、トランスジェンダーの存在を否定したいわけでもない。だけどやはりトランスジェンダーなんて存在しないという感覚もある。この体に生まれてしまったことが、矛盾が呪わしい。