大人のADHD 生活改善日誌

よくわからない生きづらさを持つ人がよりよい人生を模索するブログです。2018年よりADHDの体質の対処療法としてコンサータ始めました。試行錯誤の末45〜54ミリを体調に応じ飲んでますいてます

何者にもなれない恐怖

三連休、皆様はいかがお過ごしでしたでしょうか。

私は、花粉に体力をがっつりドレインされまして、寝込んでおりました。

はやく季節が流れほしいモノです。

ツイッターか何かで見かけたが、若い人というのは、何者かになりたい恐怖を持っているらしい。

めっちゃ分かる。私ももってるそれ。

何者かになれない恐怖ってある。特に、10代、20代のときは強いと思う。けど、私はもう30代半ば。40手前だ。何者かになっているはず、だ。

実際、若い人から見れば、何者かに見えることもあると思う。ひきこもり当事者の人からは、眩しい存在だと面と向かって言われたこともある。

私は、学生のころは部活で、社会人になってからも仕事で賞を受賞したこともあるし、実績を残したこともある。見ようによっては、何者かではあるはずだ。

同じように賞を受賞したことがある人が言っていたが、実績というのは過去に過ぎない。今何であるかの、なんの保証にもならない。今何もしていなければ、所詮すべて過去だ。

何者かでありたいのならば、私は、常に何者であり続けなくてはならない。それは私にとってしんどいことだ。気がついたら何者かに、何の苦もなくなれる…というか、生き方そのものが何者かである本物は別だが、私のように、「基本だるい」「基本眠い」人には、毎日働くことも、とてつもなくハードルが高い。

必死で生きることにしがみついている。

 

人によっては、いやいや、過去があるだけでもいいじゃないか、あんたに比べれば俺は何もないよ、と言われてしまうかもしれない。いや、あなたの人生にとってはそうかもしれない、そうやって比較して落ち込む対象なのだと思う。それはごめんよとしか言い難い。

けど、別にあなたの人生は、私の人生じゃないからね。私は私の人生しか生きられないし、誰も変わってくれないからさ。他人から見たら幸せなんだろうとホントに思うけど、私は他人じゃないから。自分を羨んでいても、落ちていくだけだし、生きる努力しないと、生きていけないんだよな。

 

気がつくと、3日くらいが布団の中で消えてしまう私は、普通に毎日暮らせる人々が羨ましいし、妬ましい。まともなふりをしているだけで、本当はクズだとバレたらと思うと、気が気じゃない。まあ、「普通のみんな」も、色々がんばっているんだとは思う。私も、環境が許すから、花粉で体力奪われて、一日中寝てられる。そうじゃなかったら、オフィスに遅刻して行って「今日はやる気でない―」とか言って寝てるだけだ。もしくは、朦朧とした意識で現場を駆け回ってるだけ。

これから自分が本当に作り手としてやっていけるのか、不安で不安で仕方がない。そもそもなんでこの期に及んで作り手にこだわってるのかも分からん。他にできることがない、というのも事実だが。

目標はまともに生きること、まっとうな年収を手に入れること。なのに結局まともな収入も手に入れられていない…。まともな職についてもやっていける気がしない。もはやカタギには戻れない。ああ…どう生きたら良いのだろう。まあ、結局そうおもいながら死んでいくんだろうなぁ。