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育て直し(自分を)

どうやって生きていくのかぼんやり考えるブログ

もうすぐ高齢出産

最近、いや、最近に始まったことじゃないんだけど、

私ももう34歳か…早いもんだな―

としみじみ思う33歳。だいたい年齢を間違える。

 

1歳くらいしか間違えないから誤差の範囲だとは思う。だけど、もうすぐ高齢出産である。

妊娠は10ヶ月もするから、本当にもうすぐ高齢出産だ。

セックスの回数は増えず、排卵日か!?と思うタイミングでセックスしても、妊娠する気配すらない。

焦る気持ちがない、と言ったら大嘘なのだが、だからといって、ほしいのか?と問われると今のこの生活が嫌ってわけでもない。

子どもを欲しい気持ちと、このままでもいいやとも思う気持ち。ブランブランと揺れ動く。それは結婚したいか?という自問自答を繰り返した20代後半とよく似ている。

あの時は、まだ子どもをリアリティを持って諦めることはできなかったが、今は諦めることも覚悟しなくてはいけないと日々思う。

まだ33歳で何言ってる!といわれてしまうかもしれない。でも、タイムリミットは刻一刻と迫っているわけで。

 

最近結構本気で思うのは、私の子どもじゃなくていいから、子どもを育てたい、ということ。特別養子縁組、という、責任も全部自分で追ってフルコミットしたいということではなく、生活の一部に、子どもがいてほしい。

「○○ちゃんのために、今日も仕事がんばろう!」とか、「○○ちゃんと今日ねんねしよ〜」とかそんなん。孫とか姪っ子とか。近所の子でもいい。

 

人間には子育てが必要なのだと思う。チワワやトイプードルを赤ちゃんのように抱っこするおばあちゃんを見て、子どもがどれだけ大人の心を癒やしてくれているのかを感じる。

子どもを産まないと、子どもがいる社会で生きられない。だけど、もう少し、独身や、子無し夫婦にも子どもの負担が来るシステムがないかなーと思う。

 

子どもができない焦燥感と、虚しさは子どもと接する世界とのリーチを完全に立たれてしまうという恐怖からなのかもしれない。

(※特別養子縁組が嫌だということではなく、特別養子縁組も実はけっこう視野には入っているんだよね。ただ、あれは、正直相当覚悟がいるんじゃないかなと思う。少なからず、今の私は、出産という「できちゃったもんはしょうがないよね〜」的な言い訳ができる環境でもないと、子どもを育てるという重責に耐えられないんじゃないかなーと思う)