大人のADHD 生活改善日誌

よくわからない生きづらさを持つ人がよりよい人生を模索するブログです。2018年よりADHDの体質の対処療法としてコンサータ始めました。試行錯誤の末27ミリ服用中。

無意識に消耗していたかもしれない

メンタルが長らく不安定だったのだけど、この本を読んで3日間のセルフ入院をしてみようと思い、実践してみた。

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セルフ入院は3日間、テレビやネットも見ずに、ただひたすら横になるというもの。メールも、スマホもパソコンも開かない。もちろん、そんなに落ち着きのある人間ではない。また、体力がそこまで枯渇しているというほどでもないしと言い訳して、電子機器から離れたのは初日の10時間くらいだけ。

たった10時間くらいだけでも、少し内省できた気がする。

 

私は今色々あって、フリーランス生活に限界を感じていて、就職先を探している。営業してまで仕事を取りに行く根性がないのと、生活を立て直すためにも、安定した収入がほしいからだ。

はやく手取りを、年収を、とかなり焦り、広告系の職種中心にエントリーをしていた。広告系の会社から内定をもらえたりもしたのだが、ちょっと地雷っぽい会社の雰囲気がぷんぷんしていたこともあり、蹴ってしまった。(仕事がないと悩む割には何様だよって感じだったが、面接の時点で会社の方針にドン引きだったり、条件の交渉があまりにグダグダだったのもある)

妊娠流産、別居、内定辞退…最後のヤツは自業自得というか、何様だよという自己嫌悪が結構強くなった。いや、正直、今年に入って、何様だよと、自分で自分を責めることばかりだ。

頼まれる仕事があまりにも単価が安いなど、蹴らざるえないことも多かった。人を否定するというのは、なかなかしんどい。「余裕で最低賃金割り込む仕事で消耗していられるか」とイライラする感情と、「お仕事をいただけている立場のくせに、何を偉そうに」と、内なる声が同時に脳内に響く。仕事をしていなくても自己嫌悪の声で頭の中がいっぱいになる。

実家に戻っていることもあり、親や兄弟、近所の目が気になったり、今のままずっと生活するわけにはいかない焦ったり…。

何よりも自分自身が「どうしてこうなってしまったんだ」と落ち込む。

焦ってはだめだ、自分を責めても意味はないと理性で分かっていても、自分を責める衝動を抑えられずにいたわけだ。

 

冒頭で書いたように、インターネットを触らず、今は休む必要があるのだと、横になったことで、自分が何かと追い詰められていることがぼんやりと受けいられるようになった。

そして、30歳を前に、メンタルを病んだり生き方に迷っていた20代後半と同じように、今40歳を前にまた生き方を模索しているようにも思えた。この停滞は必要なプロセスだとちょっと思えたりした。

 

別に普段からダラダラごろごろしているのだが、改めてカレンダーを見返すと、4月に実家に帰ってきて3ヶ月間、何もしないというタイミングはなかったみたいだ。

暇だ、怠けている、他の人に比べてだめな人間だと思っていたが、小さな疲労がじわじわ溜まっていた可能性はある。なんといってもADHDだから休むのが下手なのだろう。というか、定職についていない分、休むメリハリがないのかもしれない。

 

特に、よかったと感じるのは、自分がやりたいことがちょっと復活したことだ。「就労して金を稼げればいい」「なんでもいい」と思っていたが、「いや、なんでもよくはないだろう」と思える気持ちが湧いてきたわけだ。

作りたいものがもうない、とか、頑張ることへの怖さやめんどくささが勝っていたのに、やってみようかな、という気持ちがちょっとずつ湧き上がってきた感じがある。

…と、まあ、それでも全然やる気が枯渇していることは変わらないし、このやる気の無さは一生消えないのかもしれないけど。

流産後のメンタルヘルスの悪化を考える

前回、流産後体調が良い、と書いたが、下り坂傾向になってきたかもしれない。3、4日ほど、不安が強くなっているのだ。

具体的に何に対する不安ではなくて、緊急事態宣言が延長となって、取材の目処すら立たないとか、企画を考えられないとか、いつまで親の脛をかじっていていいのか、そういうの。

収入がないことが主に不安なのだが、ともかく落ち着かない。また、何か決断をすることも、不安でたまらないのだ。

妊娠中の体調のしんどさはなくなったものの、漠然とした不安が重くのしかかる感じ。

 

数年前に流産をしたあと、その後メンタルの調子を崩した。私の印象では、あくまでも流産は一つの要因程度のもので、様々な外的要因が積み重なってのこととは思う。だが、ホルモンバランスが崩れたんじゃないだろうか?私の場合はその影響がメンタルに出やすい気がする。今回もそのタームが今やってきてるのではないかと思う次第だ。

だいぶ自分を責めがちに、というか、何かだいぶ不安定になっていたが、これは生理現象と、環境・状況という外部要因のせいと割り切らないとよりメンタルを病む。

ドーパミンが足りないのも感じる。ドーパミンが足りないって何なんだよって話なんだが、結構強めの刺激がないと動けない感じになってるからだ。

電話とか人と話したりしてる時とか、刺激があるときは安定できるというか。その刺激の前後はもう起きられない、的な。やる気スイッチが全然入らないし、めちゃくちゃすぐ切れやすい感じ。コンサータを飲んで、ドーパミンを増やしてるはずなのに、全然足りてない感じがあるのだ。

 

専門家向けっぽいので、あんまりわかりやすくないけど。コンサータの薬の仕組み。

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そんな肌感覚から、そもそものホルモン分泌量足りてないんじゃないか、と感じてるわけだ。性ホルモンとドーパミンにどんな関係があるか全くわからないし、そもそもホルモンのこともよくわかってない。けど、あらゆるホルモンの分泌量がおかしなってるか、足りなくなってるんじゃないかなという推測なのです。全く関係ない可能性もかなり高いけど。人体で何が起きてるか、分からない。もっと単純なことかもしれない。

 

だが、ホルモンの原料は当然ながらタンパク質だ。ビタミンとタンパク質を摂取して分泌量を整えなくてはと思っている。摂取ばかりでは普通に太るから、運動もしよう。

ああ、これ書いてたらちょっと元気になってきた…。

 

あと、かかりつけ医に相談してみてもいいかもしれないなぁ。

妊娠出産って身体の負荷がでかすぎないか?

流産によって、妊娠状態から開放されたら、つきものが落ちたように身体の調子がいい。いや、別に調子はよくない。普通だ。

ただ、明確に、身体のだるさが全然違う。3ヶ月ほど妊娠状態にあったのだが、ともかく頭がぼーっとしていたのだ。日常生活はできる、締切もぎり守れる。だけど、やらなきゃいけない最低限度のことしかできない。

ずっと徹夜明けみたいに、思考がまとまらず、机に座るということ自体がだいぶきつかった。午前中は起きられないのだけど、夕方4時くらいになると頭痛と吐き気で、起きていられない感じだった。けっこうしんどかったな。

けど、慢性的に3ヶ月じわじわ身体がきつくなっていったので、そんなにしんどい感じはしなかった。劇的に食べ物を口に入れた瞬間に戻す、みたいなのはなかったからね。

ご飯は普通に美味しく食べれてた。

ただ、まあ、流産したことによって、体内のホルモンバランスは確実に変化するから、その辺もまだ予断は許さない。体温がまだ平熱より1度高いままだし、体調が平常運転に戻るまでにはもう少し時間がかかるのだろう。

だが、椅子に座っていられる、本を読める、文章をかける状態にまで体調が戻ってきてホントよかった…。あまりにも起き上がれなくて、このまま何もできないまま○ぬのかなと不安になっていたから。

でも、私のつわりなんて、たぶんないに等しいのだと思う。個人差が大きい世界ではあるが、悪阻は時として母体を○すのだから。

 

自認が女性アイデンティティの人はどう思うかちょっとわからないのだけど、妊娠ってやっぱりちょっと人体への負担が大きいライフイベントだなと思う。

私が子どもの頃は、赤ちゃんに、母親が食べ物を咀嚼したものを、食べさせてあげるみたいなことがあった気がする。今の衛生観念では「きたねえな…」と、誰もやっていない気はするが、鳥とかも、一度飲み込んで消化したものをヒナに与えていたりするわけだ。動物としては理にかなった行為だったはず。妊娠も、動物としては理にかなったことだと思う。が、100年200年後とか、生殖医療が発達したら妊娠自体を忌避したりするといいなと思う。忌避までしなくても、負担を減らすように。今はまだ、無痛分娩すら自然に反するとか、麻酔で妊婦が死ぬリスクが高いとか見られることもあるようだけど、お産はそもそも高確率で妊婦の人命に関わる一大事なんだから、そこは安全性を高める努力をしていいと思うんだよな。

しかも、無痛、って銘打ってるけど、普通に痛いらしいし。通常のお産がどれだけ痛いんだよそれ。

 

女は、お産をする性だから、痛みに強いとか、血を恐れない、残虐なんて聞いたことがある。

だが、私は、女性アイデンティティが弱い。だからこそ、妊娠出産の怖さを素直に認められるのかもしれない。まあ、お産にはビビるけど、乳房切除や男性ホルモンの投与への恐怖は弱いという、微妙な人間なわけだが。

ああ。まあ、個人のブログだからいいんだけどさ、このブログを読んだ人は大混乱するだろうな。性別の自認が男性なのに、妊娠出産について熱く語るとかさ。しかも、なんのエクスキューズもなしに。

ああ、きっと世界からゴミを見るような目で見られてるんだろうなぁ。男からも、女からも。

備忘録 2度目の稽留流産と掻爬手術③

人生二度目の流産、掻爬手術の備忘録を記しておく。

前回はこちら↓

 

 

mangobus.hatenablog.com

 

いよいよ手術。

手術台の上に、自分で肌着を脱いで寝転んだ。

両足を手術台に固定され、開脚される。そんなに無理な姿勢で開脚されないものの、麻酔が効いた状態でがつんと開脚されたら、股割りになるんじゃないか、なんてぼんやり思う。

「おしっこ取りますねー」と看護師に言われる。

「はーい」と平静を装って返事をした。

返事をしたあとに看護師の言葉を脳内で反芻して(え、おしっこ?)と焦る。

そう言えば結構前にトイレに行って以来行ってない。まな板の上の鯉よろしく、すでに手術台の上に仰向けになっている。おしっこを取るってどういうことだ。

混乱していると尿道に管を刺される。

前立腺がんの人の手術映像で尿道に管を刺すものを見たことがあるのだが、脳内でその様子を再生する。異物感。痛い痛い。

死ぬほどおしっこを我慢したあとにトイレに行くと、妙にヒリヒリしないだろうか?あれにちかい痛みが走る。麻酔してからやってほしい。

管を尿道にさすとおしっこは勝手に出るっぽい。いや、勝手に出たのか?私の意思だったのか?不思議な感覚だった。 

その後、血圧計と脈拍計が装着され、自分の脈拍の音が室内に響く。

医者がやってくると、看護師が、点滴を操作、「ちょっと眠くなりますよー」と言った。今回は、もしかしたら麻酔といっても、意識は残るかもしれないな…

 

そう思った矢先、記憶が途切れ

「はい、終わりましたよー立って下さいー」と促される。

ふらふらしながらも、待機していたベッドに戻る。初めて手術を受けた時よりは意識ははっきりしていたように思う。

前回は、術後、ベッドに戻ると、すぐにスヤァっとなってしまったが、今回は、便意を催した。朝からトイレにいくチャンスを逃していたからだ。出せる時に出さないと、また痔になると焦ったが、30分ほどベッドに横になることになった。(その後トイレに行ったが残念ながら、お小水しか出なかった。)

備忘録 2度目の稽留流産と掻爬手術②

備忘録 2度目稽留流産と掻爬手術①の続きです 

mangobus.hatenablog.com

 

流産が分かったあとに、これはもしや不育症というやつなのでは?と調べてみた。

が、7年ぶり2度目の流産なので、不育症と言い切れるものではない。偶然が重なっている可能性も大いに高い。が、逆に不育症であってくれたほうが楽だな、と思ってしまう。

できるならできる、できないならできない。はっきりしてほしい。

どっちか分からない状態をたゆたうよりも、どっちかはっきりしている方がずっと楽だ。絶対に子どもがほしいわけでも、絶対子どもがほしくないわけでもない。シュレーディンガーの猫状態はけっこうメンタルにくる。

 

1週間後、いよいよ掻爬手術をうける日がやってきた。

1度受けているが、けっこう忘れていた。なんとなく、事前に子宮口を広げる措置がしんどい、手術中のことをしっかり覚えていようと思っていたのに、「麻酔入れまーす」と言われた瞬間手術が終わってたくらいしか覚えていない。

今度こそちゃんと覚えて(メモって)おこう。

 

前回の記憶では前日に子宮口を広げたような気がしたし、それがえらくしんどかった記憶がある。が、今回は当日の午前中に子宮口を広げる何かをされた。(たぶん器具を入れられたんじゃないかと推測しているのだが、全くわからない)

そのまま、5時間位安静にして広がるのを待つ。(病院内でベッドを用意され、そこで寝ていた)隣には、おそらく若い女性がいて、その人が先に手術を受けるようだった。

5時間後に、点滴を刺され、筋肉注射と座薬を打たれた。

私は血管がかなりしっかり見える方で、血がガンガン出る方(献血すぐ終わる)タイプなのだが、なぜか、この日は、点滴の針が簡単に刺さらなかった。4回さし直された。点滴の針は太いから痛い。説明書きに点滴を指すと、血管を通っていくような感じ(暖かくなる的な)ことが書かれていた。だが、その感覚よりもさし直した所が痛くて、全然血管を溶液が通過していく感じはまったくなかった。

筋肉注射も座薬も、あんまり記憶に残っていない。

 

隣にいた若い女性が先に手術室に入っていった。待機していたベッドは、手術室とつながっていたので、手術中の音が聞こえる。掻爬手術、と画数も多くて小難しそうだが、手術自体は、5分程度で終わるものだ。

実際、患者さんの脈拍の音が聞こえて来たと思ったら、ものの10数分で、ベッドに戻ってきたので、手術したのか、なんだったのか、自分が終わるまでよく分からなかった。

隣の女性が戻ってきてほどなく、私も手術室に案内された。生理用品と、生理用の下着を持って徒歩で移動。手術台に下着を脱いで寝転んだ。

病院にきて、8時間近くたっていた。いよいよ手術だ。

 

備忘録 2度目の稽留流産と掻爬手術①

いやー、ここのところとても大変でした。。

37歳にして、人生二度目の妊娠を体験し、人生二度目の稽留流産、掻爬手術を受けて参りました。

一度目

 

mangobus.hatenablog.com

 

備忘録として、その経験をメモっておきたいと思う。この頃、生活において大いに不安定に成ることが起こっていた(離婚の危機、別居)のだが、その辺はまだ全く片付いていないので、細かくは触れない。

 

まず、二度目の妊娠から。

 

3月中旬

生理が来ないことに気がつく。体調の変化としては、胸の張りや便秘など体温の上昇(平熱が35度台なのだが、37度近くなる。体調的にもぼんやりダルい)といった「そろそろ生理が来るな」という予兆がずっとありながら生理が来ない。

急激な体調の変化はないものの、漠然とダルい(いつもどおりでもある)。

ちょうど、色々と心身ともに不安定になることがあり、妊娠という事実を受け入れられず、生理予定日から1ヶ月以上経ってから妊娠検査薬を使う。薄ぼんやりとした体調不良の原因が分かり、合点がいくとともに、命を授かった重責に押しつぶされそうになる。

 

4月末

病院で検査を受ける。毎日吐き気が起こり、気を抜くと戻しそうになる。ただ、妊娠10週くらいで、心拍が確認される。14ミリほど。

あんまりしんどいので、コンサータをやめてみたら吐き気がなくなった。が、相変わらずダルい。コンサータをやめたからか、つわりのせいか、ともかくだるくて仕方がない。

 

通院のあと、両手足がめちゃくちゃかぶれる。両手足がかゆくて血が出る経験は初めてかもしれない。そして、いぼ痔になる。大のたびに血が出るので、人生初のボラギノールを使う。

 

5月上旬

出産日を確定するため、通院。しかし、エコー検査により心拍がなく、成長が止まりサイズも小さくなっていることが確認された。妊娠4ヶ月めにして稽留流産となる。自然に流れ出ることは待たず、1週間後、掻爬手術を受けることに。

検査をした産婦人科の先生が「妊娠初期の流産はよくあること」「母体が何かしたとかではなく、胎児の方の遺伝子異常などがあり、母体の側がどうこうできるものではないことが多い」と、丁寧な説明をしてくれる。

コンサータをやめたから吐き気がなくなったのではなく、成長が止まったから吐き気もなくなったのかもしれない。両手足のかぶれも大分よくなっていた。

 

手術のための採血で、ちゃんと注射のあとを抑えておかなかったからか、内出血して腕が真っ青になる。

いつ自然に流れ出てもおかしくない状態ではあったが、流れることなく、手術日を迎える。

 

備忘録 2度目の稽留流産と掻爬手術①

いやー、ここのところとても大変でした。。

37歳にして、人生二度目の妊娠を体験し、人生二度目の稽留流産、掻爬手術を受けて参りました。

一度目

 

mangobus.hatenablog.com

 

備忘録として、その経験をメモっておきたいと思う。この頃、生活において大いに不安定に成ることが起こっていた(離婚の危機、別居)のだが、その辺はまだ全く片付いていないので、細かくは触れない。

 

まず、二度目の妊娠から。

 

3月中旬

生理が来ないことに気がつく。体調の変化としては、胸の張りや便秘など体温の上昇(平熱が35度台なのだが、37度近くなる。体調的にもぼんやりダルい)といった「そろそろ生理が来るな」という予兆がずっとありながら生理が来ない。

急激な体調の変化はないものの、漠然とダルい(いつもどおりでもある)。

ちょうど、色々と心身ともに不安定になることがあり、妊娠という事実を受け入れられず、生理予定日から1ヶ月以上経ってから妊娠検査薬を使う。薄ぼんやりとした体調不良の原因が分かり、合点がいくとともに、命を授かった重責に押しつぶされそうになる。

 

4月末

病院で検査を受ける。毎日吐き気が起こり、気を抜くと戻しそうになる。ただ、妊娠10週くらいで、心拍が確認される。14ミリほど。

あんまりしんどいので、コンサータをやめてみたら吐き気がなくなった。が、相変わらずダルい。コンサータをやめたからか、つわりのせいか、ともかくだるくて仕方がない。

 

通院のあと、両手足がめちゃくちゃかぶれる。両手足がかゆくて血が出る経験は初めてかもしれない。そして、いぼ痔になる。大のたびに血が出るので、人生初のボラギノールを使う。

 

5月上旬

出産日を確定するため、通院。しかし、エコー検査により心拍がなく、成長が止まりサイズも小さくなっていることが確認された。妊娠4ヶ月めにして稽留流産となる。自然に流れ出ることは待たず、1週間後、掻爬手術を受けることに。

検査をした産婦人科の先生が「妊娠初期の流産はよくあること」「母体が何かしたとかではなく、胎児の方の遺伝子異常などがあり、母体の側がどうこうできるものではないことが多い」と、丁寧な説明をしてくれる。

コンサータをやめたから吐き気がなくなったのではなく、成長が止まったから吐き気もなくなったのかもしれない。両手足のかぶれも大分よくなっていた。

 

手術のための採血で、ちゃんと注射のあとを抑えておかなかったからか、内出血して腕が真っ青になる。

いつ自然に流れ出てもおかしくない状態ではあったが、流れることなく、手術日を迎える。