大人のADHD 生活改善日誌

よくわからない生きづらさを持つ人がよりよい人生を模索するブログです。2018年よりADHDの体質の対処療法としてコンサータ始めました。試行錯誤の末27ミリ服用中。

英語と日本語は違うと知らなかった

最近、世界の終わりの、dragon nightを聞いている。

きっかけはテレビなどで素人いじりをする中で、「ドラゲナイ!」とかいう文字を見て、あー流行っているんだなと。
ただ…私にはどうしてもdragon nightがドラゲナイには聞こえないのが不思議だ。…いや、誰の耳にもドラゲナイとは聞こえないとは思うけども。
ふと、英語の勉強に子供の頃すごい苦労したことを思い出した。
もちろん、今もほとんど読めないのだが、私が躓いたのは、そもそも発音だ。
なぜwelcomeがウェルカムとなるのか?
なぜsimpleがシンプルになるのか?
が全く分からなかった。
要領のいい友人たちはウェルコメとかシンプレと単語を覚えていったわけだが、どうしても納得がいかなかった。
ウェルコメをなぜウェルカムとよむのか?法則性がわからない、どうやって記憶していいかわからない。
ローマ字と何がこんなにも違うのか??
 
が、まっっったく分からなくて、全然単語が覚えられなかった。
私が英語を理解できるようになったのは、大学時代、ネイティブの先生たちと出会ってからだ。
 
なんだ、英語って見たまんま発音すればいいんじゃん。
ウェルカムじゃなくて、welcomeって発音すればいいんだ!
なんで今まで読めなかったんだろう?
と。
 
今考えてみると、私の中に子音の発音と概念がやっとできたのだと思う。
もしくは日本語のなかにない子音が私の体の中にできたのだろう。
中高の学習でも、もちろん子音の概念は勉強したが、意味がわからなかった。
多分だが、正しい発音をする人がいなかったのも問題だったのではないだろうか?
発音の大切さ何て重要ではないと私自身も思っていたし、中学校の時の学校に駐在していたネイティブスピーカーはニュージーランド人で「どうあがいてもsixがsexにしかきこえないんだが…!」と多感な少女だった私はニタニタしてしまっていた
(今考えればニュージーランド訛りだったわけだ)
大学に行き、イギリス英語とアメリカ英語を日常的に聞くようになり、なんとなく、英語も日本語と同じように書いてある通りに読むとそれっぽい発音になるということが理解できるようになったのだと思う。
 
そのころ、やっと、
thanks がサンクスなのか、センクスなのか、タンクスでもないなーのなぞがやっと解けるようになった
つか、たぶんだが、普通の要領のいい人は子音の概念がなくても英語学習できちゃうからすごいよね。
私はそこにひっかかってしまったため、英語の成績は本当に悪かったです。
(推薦枠が無かったら大学は危うかった…)
ただ、だからかわからないけど「お前は発音だけはいい」とネイティブの先生に褒められたことがあります(Lの発音できないけど)
 
若いころは気がつかなかったが、日本語として覚えようとすると絶対限界があると思う。英語として覚えられるように、ちゃんと発音の勉強は必要なんじゃないだろうか(英語教師って発音下手なイメージあるけども…)
ちなみに中国語の勉強も超頑張ったけど、やっぱり赤点ギリギリでした。
私は時間がかかる女なんですね。そのまま挫折したから今や単語4つくらいしか覚えていないけど。
 
dragon night を見るとついそんな若かりし頃の思い出がよみがえるのでした。
(数学もそうだけど、あまりの要領の悪さで私って学習障害なんじゃないかなと思うことがある)