育て直し(自分を)

どうやって生きていくのかぼんやり考えるブログ

非言語を言語化する難しさ

「山伏と僕」坂本大三郎

山伏と僕

山伏と僕

 

を読んだ。

まあー、難しい。

読みやすい文章で書かれているが、

学術書のように、山伏の文化的な役割を説明したわけではなく、

基本的には、山伏になるに至った自分の経験と、

山伏になるための修行をベースに書き上げたエッセイ。

修行の様子や修行の最中自分が思ったことなどが中心に書かれている。

だから、ものすごく世界観が抽象的。

しかもエッセイは普通、誰しもがなんとなくイメージできる世界のものが

多いと思う。しかし舞台は山奥。山伏なんて漠然としたものしかない。

どんなに丁寧に表現されても、経験がない分、読み手(私)のイメージは

ぼんやーりしてしまう。

恐らく、彼が表現したい山伏というのは、言語で説明できない

原始的な人間の感性と、山を通して向き合うことなんじゃないかなと思う。

 

たぶん、これを言葉で伝えられたり、

自分自身が体験したりしたらめちゃくちゃ感動することだと思うけど、

本という文字だけの世界では限界がある気がする。

最終的には読んでいて、心地良い本だと思うけどね。

(ちなみに著者の方はとても勉強されておられるようです、

この本は学術的な本の色よりも、体験記の色の方が強いので、

小難しいことは極力書かないようにしているように感じます)

 

ちなみに、山伏というのは、ある種、世の中の落伍者が

己の人生を見つめなおす、考えなおすための機能が

あったんじゃないかなと読んでいて思った。

 

本の中で、著者は体力など色々なものに限界を感じる

うち、不思議な感覚に陥ったり、自然の中で彼が自分の子供時代の体験を

思い出したりと、自然に向き合いながら、自分と向き合っている様子が

描かれていました。

 

 

今も昔も、社会に馴染めない人は一定数いたと思います。

世の中に居場所がなかったら、自分というものを失うこともあると思います。

その受け皿が、山伏だったのではないかと。

 

まあ、古代に思いを馳せながら読める面白い本でした。

柳田国男をいい加減ちゃんと読まないとな〜。