育て直し(自分を)

どうやって生きていくのかぼんやり考えるブログ

自然は守るものと同時に戦う相手

よく拝見しているブログにこんな記事が書かれていた。

SUMMER OF FREEDOM 衰退する田舎はあってもいい

なまけものみち

この考え方には基本的には賛成だ。明治以降人口が増えていき、徐々に集落が増えていった。開拓当時は未開の集落だったために、自然との戦いの果て、命を落とすこともあったろうと思う。人口が減ってきているのだから、集落は減って然るべきだ。当然の理といえるだろう。

 

これを書いている人はたぶん、都会の人で、田舎をしらないのだろうな〜と思う。私も片田舎の出身者で、商売人の子なので、農業も林業も全くの門外漢だが、そんな私でも、そんな都合いい話あるか!とつい突っ込みたくなる部分。

なまけものみちのぐすくまさんはこのように書いている。

で、それ以外のトコロは全て自然に帰り始めるのだ。福島原発周辺の閉鎖された町のように。廃墟となり、やがてもののけ姫のような森に成っていったら、ぼくはとても嬉しいし、この国は今よりもっと美しい国となるだろう。 

いや、なんねーだろ。

もののけ姫レベルの自然を廃墟からつくろうと思ったらヘタしたら万単位の時間がかかるんじゃないのだろうか?ほっておけばなんとかなる、ということはない。もちろん、ほっておけば自然にはなるだろうが、植物動物のバランスのいい環境になるにはそれ相応の時間がかかるだろう。もっと言えば、廃墟が動植物に侵食されていく風景が美しいのだろうか?(私は廃墟の工場は大好物だがそういう美しさということなのか?)

確かに、木材や土なんかで作られた家の風化は恐ろしく早いが…石油製品で作られたものの分解は恐ろしく時間がかかるだろうしね〜。

 

また、summer of freedomのCHAGEAS-FANさんはこう書いている。

日本という国は、国土は大して広くないのに、人口は1億人以上とかなり多い。これから少子化で人口は減ることは確実であるし、人が住まなくなった地域は自然に戻った方がいい。農地に活かせるのであれば、農地にした方がいい。


 個人的に都市部の郊外が、『平成狸合戦ぽんぽこ』で描かれていた昔の多摩丘陵のような地域に戻ってくれるような感じをイメージしている。人が集まる所に人が集まり、自然が拡がる所に自然が拡がる。それが現実となっと時の日本は、欧州並みの自然があふれているだろう。

 知らないのかしら?日本の土地の7割は山林だということを。ヨーロッパのことは全然しらないのだが、均して考えればかなり日本列島は自然豊かだ。

ただ、彼ら言いたいことはわからなくはない。大阪や東京という、汚くてろくに自然もない街をなんとかしたいのだろう。事実、東京には気が滅入るほど人工物しか存在しない。ほとんど人しか存在しない生き物の多様性を欠いた街を時々、死の町のように私は思えてしまう。

問題なのは自然が少ないことではなく、人口密度の問題だ。

ぐすくまさんがいう所はそこの視点がすっぽりない。

人口数人~数千人しかいない山村・離島・地方は切り捨てて、人口数万人規模の地方都市、郊外の街の機能を充実させるべきだ。ヒトの数は減っている。ならば、ある程度人が集まっているところにインフラや行政の機関を集約したらいい。目指すべきは、ミニマムな国づくりである。
 もちろん、人が集中しすぎている東京、大阪、名古屋などの大都市に呼び込ぶのではない。あくまで「数万人の地方都市」というところがキモだ。

 年寄りなんかも、田舎の家をケースワーカーや民生委員が一軒一軒見回りするより、大規模な福祉ステーションで管理する方がコストもかからず、もしもの時もすぐに医療機関と連携が取れるだろう。

 従事者の高齢化と若手の後継者不足が嘆かれている農業界だって、一度行き着くところまで行き着いた方がいい。本来、田んぼや畑などの所有者が死ねば、その後継者が土地を引き継ぐのだろうが、このままでは後継者がいなくなり、畑は荒れ放題となる。これは一見ダメなことのようだけれど、実はすごいチャンスでもある。
 なぜなら使い物にならなくなった土地を国が安く買い上げて、畝を取り去って大規模な農園に作り替えることができるからだ。このアイデア関東大震災後の復興、首都大改造を指揮した後藤新平の案をパクった。 

 ようは、小さい規模の都市を各地に作り、そこで管理していこうという効率的なやり方がいいんじゃないということのようだ。

一見、効率的に見えるけど、これって実はすごい非効率だと思う。100%すべての地方都市の条件や住んでいる人の能力が均一であればすごく効率いいだろうけど、人間って不確定要素のかたまりじゃん。管理するのってすごい非効率なことだと思うんだよね。その辺は、別に行政など大きな団体が管理しなくてもいいとは思う。

たぶん、考えるべきは人口密度。今は両極端で、過疎地の人口密度はあまりにも広すぎて、都市はあまりにも狭い。東京もどんな貧乏人でも2畳分くらいの畑できるスペースがあれば、最悪餓死のリスクは下がる(まあ、畑として使わないかもしれんが)。

そして、自然との境界線となるエリアの人口密度をもっとあげなくてはならないんじゃないかと思う。その意味では、今の行政の言っていることにはそれなりに賛成はできる(詳しくしらないけど)。

昭和初期くらいまでは、自然との戦いは日本人にとってそれなりに大きな課題だったのではないだろうか。だからこそ、強い殺虫剤や農薬などの化学物質で自然に打ち勝とうとしてきたのだろう(そして使いすぎて自然の一部の人間すらも化学物質に負け始めた)。

日本には、ハチ、くま、いのしし、ヘビ、ダニと、もしも対峙したら命の危険にさらされなねない野生動物がなんだかんだけっこういる。最近クマとかが都市部でも見られるのは、過疎化により、人間の街が縮小したせいだというところと、狼などくまの敵となる食物連鎖の中間に位置する動物の不在など様々な理由が挙げられているようだ(実際はよくわからんが)。

そもそも、自然は脅威ではなく、守るものだという視点が都会の人間だなとつくづく思う(自然派、田舎嗜好の自分自身の自戒を込めて)。

 

ただ田舎に住むっていうのはその分、都会と違って、自然に近い分、自分で生き方を模索し無くてはならないから、若い人に会社勤めをする練習ばっかり教えていないで、起業をする方法とか、自給自足する方法とか、とりあえず山で遭難した時なんとしても生き残るためのハウツーとか、そういう生存に関わるトレイニングをした方が、地方に人が拡散していくんじゃないかなと思ったりする。…って言ってることざっくりすぎー!ですけどね…。

書き始めたら頭のなかの壮大なストーリーに全然整理がつかなくなってしまった。

 

自然観に関しては最近考えが変わりました。本とか実際地方見学したりした結果ですけどね。気が向いたら書いてみようと思います。