ADHDの自分を育て直し

よくわからない生きづらさに人生を思い悩む人のブログです。最近ADHDと分かりコンサータ始めました。

食いしん坊だと思ってきたけれど

疲れたー。

1週間バタバタだった。今日はバタバタではないのか?と問われれば、まあ、やることもりもりなんですが、今日は今日中につくらにゃならんデッドラインがないので、どっと疲れがでているナウ。

いや、繰り返すけど、やらなきゃいけないことはてんこ盛りなんだけど。

仕事も忙しいんだが、夜の私用(運動)も、そこそこ手を抜かずに行っている。私用(運動)がなければ、もう少し余裕があったかもしれないが…徹夜しないでもできる作業量の日に、全精力を仕事に傾ける気にはなれないんだよな。

そんなこんなで、コンサータ28+28=56飲んでいるのに、今、猛烈な眠気に襲われ、仕事に対するやる気がごっそり落ちています。あー寝たい。

 

 

私用の中には、健康診断受診も実は入っていた。行政が行う35歳検診。行政区内の35歳の人が対象の診断のもので、当たり前だが、会場には35歳しかいない…のだけど…なんつーか、これが皆同じ年なのかーと少し感心してしまった。若いとは口が裂けてもいえないよね。35歳。おっさんとおばちゃんしかいなかった。もちろん、私もそこに埋没する一人です。悲しいですね。

 

で、その検診の一つに栄養調査というものがあった。自分が1週間で肉や魚、米うどんなど、食品別に一体何をどれくらい食べているかを問診するもの。

調査すること自体にも、自分の食生活を自覚する効果があるとかなんとか。

まさかそんなわけあるか、クソめんどくせえなと思いながら、ポチポチと記入をしていく。どれも、食べたくない、嫌い、好きじゃない、と、食べていないもの、量えお書けないものだらけだった。主に食べている、記憶にあるものが、スナック菓子と、菓子パン(パン屋さんで売ってるパン)と、コンビニのおにぎり、サンドイッチ、カップラーメンばかり。

義理の母が作ってくれる夕食がなかったら、肉はかろうじて意識してとっているものの、魚も海藻類も、乳製品も大豆製品も野菜も、ほとんど摂取していなかっただろう。全く自覚がなかったが、私は偏食家で、意識しないとオレンジジュースと、炭水化物しか取らなくなってしまうのだとわかってゾッとした。

 

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食事をすること自体は決して嫌いじゃない(ていうか、大好きだと思ってたんだけど)。けど、振り返ってみると、私は食べるという行為にさほど興味も関心もないっぽい。おいしいものを食べると幸せーって思うんだけど、それ常日頃から若干栄養バランスの悪さから飢餓状態だったのでは…(汗)。←いいすぎ

 

でも、たしかに、お腹がすかなければいい、点滴最高だなと思ったりする。食事を作るのも食べるのも、空腹なのも満腹なのも好きじゃないんだよね―。

でも、ツイッターでは、レシピとか、美味しいお店リストとか集めるの好きだから、こんなに貧弱な食生活していると思わなかったわ。

 

偏食っていうのも、報酬系の誘惑に勝てないADHDらしいのかもしれないなぁ。酒飲めない体で本当よかったわー。

出役になりたい人の気持ちがわからなくなった

高校生くらいから、私は裏方気質の人間だなと思うようになっていた。

今になって思うのは、表に出ても、あまりうまくいかないことを経験で学んでいたのだと思う。テンパり屋だし、人の目を気にする。人の対応によって自分を容易に変えてしまう。その場しのぎの主体性のなさ。相手の顔色のために、本当の芯の部分をないがしろにすることへの抵抗の低さ。それは自分に結構なダメージを後から与えてくる。

ただ、当時はその辺の感覚に自覚はなくて、表に出て、裏側にいる人にコントロールされるくらいなら、裏で全てを操りたいと思っていた。

高校生の時、ナチスに憧れていて、宣伝大臣のゲッペルスのようになりたいと思っていた。情報は戦さを制すると、報道機関に行けば世界を支配できる、まぁ、日本を変えられる、と思っていた。青臭い厨二病を抱えていた。

今、出役の良し悪しが見えるようになって、わたしには表舞台に立つ才能がとことんなかったことに気がついた。それは見た目がきれいとか、出たがりとかではなく、出役で光を放つことは個人の目立ちたいか目立ちたくないか、美人か不美人かと言った指向性はほとんど関係ない。トップ芸能人の放つ、華やかさは見た目のキレイさだけでは、とても説明しきれるものではない。あれを、わたしは言語化はできないが…。

 

ふと、気が抜けたり、童心に帰ると、自分が本当はものすごく目立ちたがりで、表舞台でみんなに注目されるのが大好きだったということをふと思い知らされる。

そういえば幼稚園の頃はアイドルになりたいだか、アナウンサーになりたいだか、戦隊モノのヒーローになりたいだか、テレビの中に出てくる人になりたかったし、小学生のころは、テレビの中でいじられてるADさんの姿を見て、ああされたいなと思ってたんだ。別になんか作りたいとかじゃなくて。あぁ、無知って怖いね。

ただ、人に注目されることを許容できる度胸もなく、観衆の心の望む姿に自分を寄せて愉しませるエンターテインメント性の瞬発力もない。頭の中では組み立てられても、それを全身を使って表現させる器用さはない。

裏方なのは、表現を自らでできないことと、全体を作ることが好きだからだ。世界を作ることが好きだからだ。目立ちたがりで、派手好き、注目されるのが好きなのを、裏方という形で、私はしっかり体現しているんだよね。

あぁ、人生色々あって思い通りにもいかないけど、やっぱりわたしは自分の望むようにちゃんと生きてこれているんだよなぁと思う。

幸せな自分の人生を振り返ると、辛いことも、試練も全部、神様ありがとうとか思っちゃう。根本的に何か信仰を持っているんだろうなぁ、日本的なアミニズム的な何かの。

 

そういえば、そろそろコンサータのこと、フィードバックしなきゃ。なんか、もうちょっとテキトーすぎて飲んでても飲んでなくても変わらないんじゃないかって気になってきてる。己と向き合わねば。

合わない人と一緒にいると毒が貯まる

毒が止まらない。

最近、「同世代」「同性」というのは、幻影だなと感じることが増えた。

共感できないなーと。

共通の趣味で知り合った、5、6歳年上の人がいて、最初はあまり親しくなったから気がつかなかったのだが、知れば知るほど「この人、比較的老害では…?」と感じる様になってしまった。

 

以下は全く生産性のない100%純度の愚痴なので、読まなくていいです。なぜ上げるのか?それは読んでほしいというよりかは、「ちょっと聞いてよ―!」案件だからです!つまり読んでくれる人にとっては何のメリットはなく、私自身にとっても何のメリットもないんだけど、ちょっぴりスッキリするというだけですね。はい。

  • 毒その1。まず、声がでかい。

うちらしか喋っていないバスの中で、大声でしゃべるな。俺らの会話を全員に強制的にきかせているようなものじゃないか。でも親しくないから指摘できない。恥ずかしくて、声が小さくなる。たぶん、相手は聞こえにくいから余計声が大きくなる。恥ずかしくてこっちはどんどん小さくなる。悪循環。

  • 毒その2。いちいち説教臭い。

趣味の経験値が豊富で、色々頼りになる人だと思っていたのだが、一緒にいる時間が増えて来て、「この人、自分より能力が低い人に、マウントを仕掛けたいから、一緒にいるだけでは?」と思い始めてしまった。ボヤッキーや、しょうもないことにたいして、いちいちアドバイスをしてくる。いや、そういうの求めていないんだが。と思うこともある。

 

  • 毒その3。同じ話が多い。

同じ話が多い。私はあまり話さないからなのか?私が同じようなことを言うからなのか?同じ話が多い。その話聞いたよ、と思ってしまう。真面目に聞きすぎなのか、私が。

  • 毒その4。同業者ぶる

同業者ぶる。職種は違うのに、妙に仕事の話をしてくる。いや、趣味の場に仕事の話持ち込まないでくれるかな。と思う。仕事の話は、私は仕事場以外ではあまりしたくない。何のための趣味だと思ってんだよ。転職組のお前にとっては新鮮な世界かもしれないけど、こちとらこの業界に10年以上いるんだから業界の話なんて現場離れたらしたくねえんだよ。ほっといてくれ、頼むから。

現場が違えば全然常識が違うんだからさ、変に「うちの業界はサー」とは言わないでほしい、誇らしげに、他業界の人に話さないでほしい。

狭い世界の業界のうちわ話なんて、他業種の人からしたらどうでもいいんだし、業界内の恥ずかしい非常識を晒すの、マジやめて。(ただ、私はだいたい聞いてあげる、私の話はしない。ガチの愚痴しか出てこないし、したくないから)

 

  • 毒その5。「最近の若いやつは…」

そして、最近の若い子はさー、的な話も、やめて!!!

「最近の若い子は受話器の持ち方しらないんだってー。」

ってそらそうだろうよ!私だって、となりのトトロに出てきた電話のかけ方わかんねえよ!技術がすたれりゃあ、そら使い方わかんなくて当たり前だろ。

何のための試用期間だよ、機械の使い方なんて秒で覚えるだろ!そんなんむしろ営業のネタになるくらいじゃないか!そうやってしょうもないことを教えてもらって、おっさんの自尊心をくすぐって「全く、お前はしょうがねーなー」「先輩さすがっす、俺よくわかんねっす、てへぺろ」「俺が若い頃はさー」つって、おっさんの青春の話を気持ちよく引き出して、可愛がられるポジにつくための、いい材料になるだろうがよ!。

「最近の若い子はタイピングできないんだってー、全部スワイプで作るらしいよー私スワイプできないw」じゃねえよ!スワイプくらいやれよ!

むしろ今どきの若い奴らは音声入力だろ。使えよ!クソ楽だぞ!(私は音の感覚過敏や、滑舌の悪さとか色々あって、声出すのが苦手なので、タイピングの方が圧倒的早いので音声入力はようやりませんけどね)

  • 毒その6。女子女子うるせえ

なぜかわからないけど、逐一女子アピールをする。私達女子、とか、女子だけでーとか。女子はさー。あと、私は女性として扱うのもうざったい。え?私という人間をみていないでしょ?この人にはたぶん、何を言っても通じない気がするから、私は笑顔でそっと距離を取るのが最適なんだろうなと思う。

 

あと、既婚とか、未婚とか、子あり、子なしとか分断って色々あると思うんだけど、結局それも、あんまり関係ないんだろうな―って。未婚の人でも、合わない人いるし、子持ちでも、合う人もいる。

結局そういう、所属や、世代、性別というのは、仲良くなるきっかけにはなると思うんだよね。でも、仲良くなればなるほど「こいつ合わねーな―」ってことは全然あると思う。

逆に、5,6歳年上で、↑の人と条件としては同じ人でも不思議なくらい居心地のいい人はいる。当たり前なんだけど、やっぱり人って、相性なんだよなぁって。

 

コンサータログ、薬を飲み間違えるの巻

あ、そういえば、コンサータを、43ミリにした。

 

んだけど…あれ。コンサータの量を間違えて飲んでいる気がしてきた。

54ミリ飲んでる気がしてきた。今朝、36ミリと、27ミリを飲みそうになって、いかんいかん、これじゃあ、用量が多いぞ。36ミリと、18ミリっと。飲み直した記憶がある。

けど…あれ?43ミリにするためには、27ミリと18ミリじゃん。

 

ああ、算数ができません、できませーん!(涙)

 

たぶん、なんか「残りの薬の数が毎日同じ数飲んでいるはずなのに、合わないな。なんでだろう?」と思いながら、口に投げ入れていた。

薬をのむときは、基本的に、あんまり薬の文字は見ないで口に入れていたからなぁ…。地方に遊びに行く前まではたぶん、ちゃんと飲んでいたから…ここ6日くらい、54ミリか、63ミリ飲んでたな…。ただ、疲れすぎてて、ガンガンお昼寝もできていた。

 

眉唾情報ですが、自分の体重のkgをmgに置き換えた量が適正量の目安と聞いたことがあります。体重50kgの女性であれば、45mg(18mg+27mg)か54mg(27mg×2)が効果が出やすく体の負担のバランスも考えた適正量の目安になるということですね。*1

ADHD治療薬のコンサータの効果や副作用は?服薬開始から1年経過した感想について - 成人ADHDが理想の生活を目指すブログ

 

 

ワイは63キロあるので、まあ、そう考えれば、63ミリでも、まあ、大丈夫なのだろう。 眉唾らしいけど。

medical.nikkeibp.co.jp

このページによると、コンサータの副作用は下記らしい。

食欲減退不眠症体重減少頭痛腹痛悪心チック動悸口渇睡眠障害咽頭炎

あ…そういえば、ここ数日、食欲がなくて、腹痛がして、頭痛がして、山登りで動悸がしていたのは…もしや副作用か?

いや、でも、確実に54ミリ飲んでいる*1今日は食欲があるから、あんまり関係ないか?毎日ぐっすりですし。仕事中でも寝ていいなら全然寝れる。

コンサータ飲みはじめの頃は、けっこう眠れない感じがあったのに、用量が増えるごとに、体に耐性ができているのか?どんだけ飲んでもぐっすり寝れるな。

 

先生には、「休みの日は飲まなくていいですよ」と言われる。けど、薬を飲んでいないとね、体がすぐ疲れちゃって、眠くなっちゃって、活動できないからなぁ。若干依存傾向があるのかもしれないな。少なくとも休みの日は用量を減らすなりしたほうがいいかもな。

でも、薬がなかったら、ここ数日は動けなかった気がするな。…ていうか、スケジュール見返したら、9月に入ってから休みなく動き続けているじゃないか!?

月曜日に、全く使い物にならなかったのは、必然だったのか…。いかん、どこかでしっかり休まないと、突然ガス欠を起こしかねん…。

 

そういえば、薬の説明書のページに、お酒を飲むと相互作用を起こす的なことが書いてあったな、お酒、全く飲まないから、聞いてる感が弱いのかもしれないなぁ。

*1:なぜなら、いちいち、36ミリと、18ミリと確認し、開けた27ミリを捨てた上で、飲んだから

思春期の子供を育てるって大変だな―

一説には、精神的な成人は30歳とか聞いたことがある。

20代の若者を見ると、あながち、間違っていないなーと思う。

20代で、10代のうちに反抗ができなくて、社会人になってから、親の反対を押し切って、(というか、親の思い通りにしか行きてこられなかった人生をやめようと)仕事をやめて無職のまま上京してきた若者の話を聞いた。

無職で、働いていた当時の貯金を食いつぶして生きているらしいのだが、存外堅実で、社会性も高いので、まあ、なんとかなるタイプだなという気がするし、大丈夫かなーという変な不安に駆られることはなかった。

だけど、自己愛の強さに、すごい神経を使った。

自分を知ってほしい、自分を見てほしい。100%齟齬なく、自分をわかってほしい!!

という気持ちがものすごく強くて「お、お、重い…」と。

しかも「自分はおかしい、変わっている、普通の人とは違う」という自意識が強すぎて、とても「いや、もーすげーその感覚普通だよ?」とは言えない空気感というか。

言葉の端々に「(あなたにはわからないかもしれないけど)この界隈の人にはわかってもらえるんですよ」と枕詞を付けて語りだす。

 

君の言いたいことはわかるよ。お前が特殊だから、意味がわからないんじゃないんだよ、ただ、君の語彙が稚拙だからいまいち何言ってるかわからないから聞いてるんだ、馬鹿野郎。もっと客観的になれよ。という気持ちがいちいち湧き上がってきてしまった。

ああ、私も大人になりきれていないね。

そういう気持ちを抑えながら、自分が特別だと思う気持ちに水をささないように、肯定をする。

「私も若い時そう思っていた、すごく懐かしい感覚がある」と、喉まででかかったけど、下手にそういうことを言うと「でも、あなたはちゃんと社会人やって云々」と、あなたと私は違うんですアピールに走り出して、話がよくわからんことになりそうだしなーと。

 

自分をわかってほしい、自分を認めてほしい、私は特別、という気持ちが前に出すぎていて、素直な、素朴な言葉が聞こえてこなかった。無自覚な虚栄心に包まれた言葉を、少しずつ解きほぐして、私に対する警戒心を問いて、本当は自信がない、繊細な心持ちを魅せてほしかったけど、まあ、無理だよね。

 

思春期の子供というのは、難しいよな。自我が芽生え始めたばかりだけれど、それが一体何なのか?言葉にまとめきれない。ただ、つまらない大人と同じだと、認められないし、同じだと言われるとむかっ腹が立つ。たぶん、それこそが自立なのだとは思う。

人の成長過程を見ているようで少し、微笑ましくもあり、また応援してあげたいという気持ちにもなった。ただ、繊細なその心と向き合うのは、なかなか難しいものだ。

おそらく、1ヶ月後には、全く違うことを言う出す。それでいいのだと思う。今は、大人や親が与えてくれた価値観ではなく、自分の言葉で、自分で世界を作り直して、しっくりくるものを模索している時期だから。

ただ、私はそんな青年の青春を、取材する価値が本当にあるのだろうか?

迷わずにはいられない。

若者の取材って、やっぱり難しいんだな―。

 

先入観が強すぎてまともな判断ができないけれど

正直言って私は、性自認を男性とも女性とも思えない微妙な立ち位置にいる。

それは、子供のころからそうだったのだが、それでも、平成のはじめから通っていた学校という場では、女児、女子と扱われてきた。

中学か、高校か、そのあたりから混合名簿になったような、単純に、生まれ年順が、名前順になっただけか、全く覚えていないが、正直子供にとって見れば、名簿なんてそんなものだろう。名簿が男女混合になったからって、どこまで子供にメリットやデメリットがあるのか、という気がする。

mainichi.jp

 

混乱するのは管理する大人のほうだと思う。高学年になったら、女生徒だけでやる保健体育とかの授業とか(そもそもあれは混合でやったほうがいいとは思うけど。ちゃかすやつがいたら、茶化すほうがおかしいという教育も含めて)体育のときの着替え(特に水着)のときの点呼とか、もしかして意外と運用になれるまでは難儀するかもしれない。

でも、男女で分かれることは、本当に合理的なことなのだろうか?と思う。もちろん、男女で着替えを分けることは私はそこまで非合理的なことだとは思わないし、セクシャルマイノリティへは、個別対応するほかやりようがない気もする。

 

これまで運動会の入場行進や綱引き、リレーを男女別にしてきた9月の運動会については夏休み中に教職員で協議。行進を男女別、綱引きとリレーを混合にすることにした。

新聞報道によると、こういうことらしい。 

 ただ、運動能力的なことで、本当に男女で分けることは、本当に合理的なのだろうか?私も「女生徒のほうが筋肉が少ないから」とつい条件反射的に考えてしまうが…それこそ、運動能力や身長別で分けることも一つ合理的判断ではないだろうか?私は最近格闘技を習い始めたのだが、男女別に分かれてグループを作ることがある。

その男女別…だから、身体能力が一定か、と言えば、全然そんなことはない。小学生、中学生、高校生、30代(私)だ。

小学生は、もう、背が低いし、スピード遅いし、ふにゃふにゃしているし、正直技入れるのが怖い。かと言って、高校生は、素人の私が技を入れるすきもないし、全般的に動きにキレがあるし、ヤラレっぱなしだ。

そりゃあ、年代が違うから、と言われそうだが、年代が近くても、運動能力の差はある。正直、同じ時期に習い始めた3,40代の女性が相手だと、技のキレもないし、こっちが技を入れたら、倒れそうだし、正直練習にならない。

習いはじめの高校生の男の子のほうが正直身長や経験値的にちょうどいいなと思う(いや、身体能力は大幅に私のほうが劣るんだけど)。

運動においても、十把一絡げに性別に二分するのは、あんまり合理的ではないんじゃないかなという気がする。もちろん、時間がない中で、適当に分けるのに性別は最適だと思うけど、タイムでわけるとか、身長で分けるとかの方が、合理的だろうなと。

正直、運動になると、「女は女と」「男は男と」にあまりにも慣れすぎて、それが当たり前過ぎて、フラットな判断ができるかはわからない。だが、体格の小さい男の子とかは、発育のいい同級生の男の子との、割の会わない戦いを強いられていたりとか、実は運動こそ、性差で分けると、子供の個性を踏みにじることもあったりするのかもなぁなんて思ったりした。

月曜日は、仕事がつらい

あ、これ、「空が青い」くらい当たり前のタイトルですね。

仕事が手に付かない感じです。

そもそも、土日ともにしっかり働いていたので、月曜日だから仕事がきつい、というわけではないような気がします。

ただ、今日はなんとも仕事に手がつかない…。

困っています。

頭の中が整理ができなくて、優先順位がつけられない感じですね。何をやっていいのかわからない。薬のおかげで多少眠気は起こりませんが、なんだかどれから手を付けたらいいのか、わからないし、おちつかなくて、珈琲も入れられません。

ああ、でも、珈琲はいい加減入れようかな…。

コンサータ36ミリを飲んでもやっぱり忘れ物をして家に取りに帰ってしまいました。

先生やっぱり僕はミリ数増やしたいでちゅ。