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育て直し(自分を)

どうやって生きていくのかぼんやり考えるブログ

眠いしか覚えていないピアノ教室

 前々から気になっていた精神科医の泉谷先生が書いた反教育論を読んだ。

 

反教育論 猿の思考から超猿の思考へ (講談社現代新書)

反教育論 猿の思考から超猿の思考へ (講談社現代新書)

 

 

残念ながらただのエッセイ本で全然おもしろくなかったのだが(主題自体はとても興味深いのだが、基本的に、精神科医の先生と酒飲みに行った時に聞けるような、ありがたいような、ありがたくないような話)はからずも心のなかに眠っていた記憶を呼び起こされてしまった。

泉谷先生というのは音楽家でもあるらしく、日本の音楽教育を極めて批判的に論じていた。中でもピアノ教室というものに批判的で、日本のピアノは音楽ではなく、我慢を強いる「ピアノ道」だと語っていた。

思い出したのが、私も5歳から10歳までピアノ教室に通っていたということ。

5歳離れた姉になんて説得されたか忘れてしまったが、「やるやるやるー!!!」と当時年中さんだった私はピアノ教室の魅力にほだされ、教室に通うことを即決したのである。

ピアノの先生が優しくて、私はピアノの教室が大好きだった。だから、ピアノ道と、我慢を強いるものだという、著書の主張に反発した。

そして「あーピアノの教室、今更通ってみようかな」と思い、ググってみたりした。だが、不思議なことに調べれば調べるほど「ピアノをひくのが怖い」という感覚が全身を覆い尽くしてくるのである。

今でもピアノの音色は大好きだ。自由に引けたらどんなに楽しいだろう、とも思う。だが、教室に通おうと思うと、足がすくむ。もちろん、思いつきで行動してなかなか続けられない性分のせいでもあるだろう。

なぜか?思い返すと、子供の頃のピアノ教室の記憶は、

なぜか、

眠い、グラグラする、眠い、天井と床が回っている…眠い…

なのである。

 

だが、同時に、子どもながらに「ちゃんまるちゃんは才能がある」とめちゃくちゃ絶賛された記憶もある。そしてその「才能がある」には続きがある。

「せっかく才能があるのに、なぜ練習をしないの?」だ。

断片的な記憶だが、楽譜を見ると、目が回った。見えないわけじゃないのに、見えなくて、とにかく、楽譜を凝視しないと読めなかった。

とにかく、ピアノ教室が苦痛で苦痛で仕方がなかったのだ。それでも、私は不思議とピアノの先生は優しくて大好き。いまでも逃げ込む場所として、ピアノ教室夢に出てくる。

この記事を書きながら色々思い出してきたのだが、ピアノ教室にかよっていた頃、私の家は嵐のようにめまぐるしく状況が変わっていた。

2歳で離婚した両親だったが経済的な理由、離婚は家のはじという当時の風潮、DVなどの事情により、母は実家と夫との家をしょっちゅう往復していたのだ。

あいまいな記憶だが、整理すると、

2歳で離婚・祖母宅

入園式の頃・両親家

年中さんごろ・祖母宅

年長さん頃・両親家

卒園式・(小学校)入学式・両親家

小1の5月ごろ(たぶん)・祖母宅

小1秋ごろ(たぶん)・両親家

となり、その後は私はずっと両親家住んでいる

(その後は私以外の人が家から出たり入ったりしている。そのタイミングで盛大な暴力沙汰、警察沙汰が毎年春頃中心に発生する)

 

そして、4年生の時に、全ての習い事をなぜかやめている。いや5年生だったか?おぼえてはいないが。なぜそのタイミングだったか、思い出すことも出来ないが、やめなければならなかったので、そのタイミングでやめたのはよく覚えている。くもんも、スイミングスクールも、全部やめた。

とりあえず、5年間それまでピアノ教室にかよっていたのだが、辞めたりやったりを繰り返していたのだろう。そして、ピアノの先生は、家庭環境が荒み荒んだ私を受け入れてくれていたのだ。たぶん、私をかくまってくれた数少ない大人だった。

余り覚えていないが、教師でもない、一ピアノ教師の若い女性に父も手出しをしなかったのだ。だから、私は堂々とピアノ教師の元へ逃げ込むことができたのだろう。

だが、今思えば、私は、たぶん、家でピアノの練習する余裕がなかったのだと思う。

家でも「うるさい」とか「夜ピアノを弾くんじゃない」と怒られたからか、他に楽しいことがあったからか、よくわからないが、ぜんっぜん練習をしなかった。家では、ビクビクしながらピアノを弾いてすぐやめたり、飽きた記憶がある。

そんな状態だからか、ピアノに触れるのは、教室だけ。宿題をやってこないわけだから、全然進歩しないどころか、怒られる一方だった。ただただ、劣等感と、どうしていいかわからない気持ちで先生のお小言をきいていくうちに私は平衡感覚を失い、「体がぐるぐる回っている」と幽体離脱をしたような不思議な感覚に陥っていた。その中で、必死に一部の私を体の中に残し、厳しくなる一方のピアノの先生の指摘に背筋を伸ばしていた。そして、同時に体は逃避するように眠気に襲われていた。楽譜を読むためのまぶたがどんどん落ちてくる。

それで覚えているのが、

眠い、体が回る、眠い…

ということではないのだろうか?

というか、色々思い出している中、気がついたが、私もなかなかストレスフルな子供時代を過ごしていたのだろう。しかし、子供時代にピアノをうまくなるということをやり残している。

心の何処かでやり直したい気持ちがまだ眠っているのだなー。でも、ピアノが怖くて触れる気がしない。